2007年03月19日

冷血 (In Cold Blood)

監督 リチャード・ブルックス 主演 ロバート・ブレイク
1967年 アメリカ映画 133分 サスペンス 採点★★★★

ついつい人を見た目で判断してしまいがちですが、見た目と中身が一致するとは限らないもの。まぁ、当然のことですね。で、日々こんな文章を書いている私のことを、大多数の方々は文章を通してしか知らないわけで。一体、どんな奴だと思われてるんでしょうねぇ。稀に文章でしか私を知らない人と会うと、まぁ口々に「ワルそー!」と驚かれますが。いえいえ、ワルくはないですよ。

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【ストーリー】
カンザス州で、一家四人が惨殺される事件が発生する。わずかばかりの現金の為に発生したこの凶悪事件の容疑者二人はやがて逮捕され、彼らの口からこの事件に至るまでの経緯と生い立ちが語られ始める。

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カポーティ』を観たいのだが、本作や原作を充分知っている前提で作られていたりすると、本編を観ないでいきなりメイキングを観てしまったかのような気分になってしまうのではと思い。
1959年に起きた強盗殺人事件の犯人との獄中取材によって完成された、トゥルーマン・カポーティの“冷血”の映画化。まるでそんな大それた事をしでかしそうに全く見えない安い犯罪者の、安い会話と安い行動を坦々と映し出す前半と、逮捕後の供述で事件の詳細と人格形成に至る経緯を語る二部構成の本作。ふと笑いすら誘い出す前半のユルさがあってこそ、事件の陰惨さと生い立ちの厳しさがより浮き彫りになる構成が上手い。いとも簡単に人の命を奪うその行動心理が全く理解できず、“生まれついての殺人者”としか表現できなかった大量殺人犯らの生い立ちに着目し、どのような環境が殺人者を作り上げたのかを垣間見せる、プロファイリングの初期型としても非常に興味深い。
40年前の作品とはいえ、編集の見本とでも言えるダイナミックでドラマチックな場面展開と、クィンシー・ジョーンズのイカした音楽もあって、全く退屈することがない。

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誘拐犯』など今でも顔だけはよく見るスコット・ウィルソンと、『ロスト・ハイウェイ』の白塗り顔で不気味な存在感だけは充分過ぎる程だったロバート・ブレイクらの、表向きだけでは窺い知れない狂気を内に抱えた不安定な存在感も見事であったが、やはり本作で一番目を奪われるのは、その映像の美しさ。
カラーが主流であった67年に、あえて白黒撮りした本作の随所にうかがえる闇と光のバランスが見事。特に、ガラスを伝う雨の模様が、流したくても流れない涙のような模様を処刑を間近に控えた主人公の顔に映し出すショットの美しさは絶品である。

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親の愛情と子供の愛情が噛み合わない

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posted by たお at 23:14| Comment(2) | TrackBack(1) | 昔観たアレ■ら行■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月26日

ラッキーナンバー7 (Lucky Number Slevin)

監督 ポール・マクギガン 主演 ジョシュ・ハートネット
2006年 アメリカ映画 111分 サスペンス 採点★★★★

計画性の重要さは重々承知していても、末っ子でB型の私はどこを切っても“短絡”という文字が出てくるほど無計画な生き様を。こんな短いレビュー記事すら、書き出しと折り返しと着地点をボンヤリ定めている以外はほとんど即興で、目指していた着地点から大きく逸れることも少なくない。というか、いつも。やっぱり、小学校の夏休みの計画表すら守らなかったのがいけなかったんですかねぇ。まぁきっと、作りもしなかったのがいけなかったんですね。

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【ストーリー】
とことん運に見放された青年スレヴンは、友人のニックを頼りニューヨークへやって来るが、ニックはアパートに不在。そこへ突然スレヴンをニックと思い込んだギャングが現れスレヴンを拉致、ギャングの親分“ボス”の前に引き出されてしまう。スレヴンがニックではないことを認めない“ボス”は、ニックが作った莫大な借金を帳消しにする代わりに、敵対組織のボスの息子を暗殺するようにスレヴンに命ずるが…。

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騙し騙されの犯罪物といえば、詐欺師や泥棒が主人公の軽妙なクライムコメディも多いが、本作は口当たりこそ軽いが20年物の怨念が詰まったボディは重い、やたらと人が死ぬ復讐譚。
複雑に絡み合った人物が織り成す二転三転する物語と、どんな場面でもビシーっと構図のキマった映像が魅力の本作。冒頭の回想録とそれに続くブルース・ウィリスの「20年かけたスゲェ計画なんだ」というセリフからも容易に主人公の正体と目的が割れるのだが、似ていなくもないがビックラかしのどんでん返しで観客を騙す『ユージュアル・サスペクツ』とは根本的に目的が違う、どちらかと言えば『レイヤー・ケーキ』にも似た味わいを持つ、散りばめられた伏線の回収がどれだけキマるのかが重要な本作では、そこは大した問題ではない。ユーモア溢れた軽妙なセリフとスピーディな展開の中、散々振り撒かれる伏線の数々に「どーやって回収するんだろ?」とワクワクし、それが大急ぎで組み上がっていく様を観るのは、やはり映画ならではの快感。大まかな完成図は想像できても、それを如何に手際良く華麗に組み上げるかが胆の本作は、その点で充分合格点に達している。
確かにネタバラシを年寄りの「あぁ、そういえば…」で収束させるには無理のありすぎる話であるし、風呂敷を広げ過ぎた分セリフで全て説明しなければならない余裕のなさも感じはする。また、登場人物をチェスの駒の如く操る様には、“神の目線”的な突き放した冷たささえ感じることも。しかしながら、豪華なだけではなく存分にそれぞれの魅力を発揮したキャスティングと、「お父さんは何でもお見通しだよ」と言ってるかの様な深い父親のそれにも似た愛情を表情一つで見せるブルース・ウィリスに救われ、そんな不満は些細なものに。

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“豪華なスター”と“良く出来た脚本”、そのどちらかに偏った作品が多い中、珍しくそれらが両立された本作。
ブラック・ダリア』でタバコの煙がゆらめくノワールの世界に見事なまでにマッチせず、非常に居心地の悪そうだったジョシュ・ハートネットだが、相変らず髪型がおかしい本作では、青春映画スターだった面影が功を奏すユーモラスな前半部と、加えられた年輪が影をもたらし功を奏す後半部と、彼が持つ二面性と脚本の二面性が見事に合致。また、『チャーリーズ・エンジェル』の三人衆では実は一番のお気に入りであるルーシー・リューも、もうすぐ40歳だというのに見事な弾けっぷり。自身の背の低さをもネタにドタバタと走り回る彼女の可愛らしさには、ハッキリと映っているはずの小皺すら全く気にならなくなるほどの魅力が
最近では『サウンド・オブ・サンダー』など安易な悪役ばかりが目に付くが、ようやくDVDの発売も決まった『死と処女』や本作のように両極端な人間性を持つ役柄を見事に演じる奥深い演技が魅力のベン・キングズレーや、相変らずいつも通りのモーガン・フリーマンなど隅々まで魅せるキャスティングだが、やはり一番輝いているのはブルース・ウィリス。別に頭の話じゃなくて。扱い的には“大物ゲスト”に近いものがあるのだが、“沈痛な面持ちで寡黙”という『シックス・センス』以降得意としている芸風に“老い”が加わることで、師弟関係や親子関係のような世代差が重要な要素ともなる本作における殺し屋役はハマリ役で、登場時間以上の強い印象を残すことに。ひとつ当たり役を手にすると5年ほどは不調が続くブルースアルゴリズムを考えると、同じくハマリ役だった『16ブロック』や『シン・シティ』そして本作と、確実に復調の兆しが。もちろん大本命は次に控える『ダイ・ハード4』なんだろうが、予告編を観る限りは、泣き言も言わないスーパーヒーローがド派手なアクションを繰り広げる『アンダーワールド2 エボリューション』のレン・ワイズマンらしい作品に仕上がっているようで不安も大きい。まぁ、ケヴィン・スミスが出ているって意味では期待も大きいですが。

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次の当たり役は2012年頃に

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2007年01月20日

レッドブル (Red Heat)

監督 ウォルター・ヒル 主演 アーノルド・シュワルツェネッガー
1988年 アメリカ映画 105分 アクション 採点★★★

遠く離れた外国はおろか、名古屋ですら映画ぐらいでしか触れることのない私。出不精ですからねぇ。まぁ、さすがにもういい歳なので、映画に描かれたものを全て鵜呑みにすることはなくなりましたが、でも多分名古屋にはヤクザ処分場がありますよ。ロシアのサウナには筋肉男がウヨウヨしていて、阿蘇山の中には秘密基地もきっとありますよ。

【ストーリー】
ソビエトからシカゴへ逃げた麻薬密売人を追って、ソビエト警察のダンコもシカゴへ。シカゴ警察のダメ刑事リジックと二人で大暴れ。

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80年代から90年代にかけて、知能指数よりも血糖値の方が高い映画を作り続けていたカロルコ。「他に作られるくらいなら」と、俳優のみならず三流脚本にまで莫大な金額を支払い、ハリウッド映画の製作費高騰の原因を作ったとも言われる彼らが1988年に製作した一本。
「シュワルツェネッガーでなんか一本作ろうか?金ならあるし。」
「でもアイツ訛りきついからなぁ。ロボ役は前にやったし・・・。あ!ロシアから来た刑事とかでいいんじゃない?」
「じゃぁ、まだ誰もやってないみたいだから、クレムリンでロケしようよ。金ならあるし。」
「正反対のアメリカ人刑事と組ませるいつものアレでいいね、中身は?」
「じゃぁ、監督は『48時間』のアイツでいいんじゃない?」
といった経緯で作られたのが容易に想像が出来る、相棒が犬だったり宇宙人だったりもするバディ物の一本なのであるが、定番的展開から一歩も逸脱しない分、変わり映えもないがこれといって退屈もしない。製作費が100万ドルでも1000万ドルでも仕上がりにこれといって違いのないウォルター・ヒルのゴツゴツとした演出手腕もまだ冴えていた時期であり、テカテカした筋肉男が佃煮にするほどいるサウナからフンドシ一丁で雪原へ転がり落ち殴り合いをする冒頭から女人禁制な仕上がりに。『ダブルボーダー』でもストーリー上重要な位置にいるはずの女性キャラを、ただ「キャーキャー」騒ぐだけの存在にしか描けなかったほど女性の描けないウォルター・ヒルだが、本作では満足なセリフのある女性キャラはただ一人、それもジーナ・ガーションなので全体的に違和感もなく安心。“米露友好”をほんのりテーマに取り入れながらも、出来上がったのは平均的なウォルター・ヒル映画という結果に。

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断然スタ公派だった私にとっては、“すきっ歯の筋肉”としてしか認識のなかったシュワ。“あだ名がガンビーのロシア人”とか“実はロボット”など、役柄に常に断り書きが必要なほど存在自体が不自然なのだが、その不自然さが必要な世界が舞台となるとずば抜けた輝きを放つのも確か。「ロシアにならいるかも知れない」という妙な説得力と、どっからどう見てもガンビーな衣装で、本作に見事に馴染んでいる。
走る姿があんまりにもソックリなので“ジョン・ベルーシの弟”という冠が常につきまといはするものの、偉大だった兄以上に広い芸幅が魅力のジェームズ・ベルーシ。犬を相棒にあてがわれたりと刑事物も多い印象があるが、『暴力教室’88』や『リバース』など、ダメなアメリカ人を演じさせたら右に出る者はそうそういなかったりも。
身体が細い以外はなんら今と変わらないローレンス・フィッシュバーンやピーター・ボイルなど、男臭い面々に囲まれた本作。どこを見ても、筋肉かスキンヘッドかジーナ・ガーションしか目に入らない非常に汗臭い作品ではあるが、清涼剤のような映画ばかりの昨今なので、たまにはこのギットリ感も新鮮。

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好きな人には天国のようなサウナなんでしょうねぇ

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2006年12月08日

レジェンド/光と闇の伝説 (Legend)

監督 リドリー・スコット 主演 トム・クルーズ
1985年 アメリカ映画 94分 ファンタジー 採点★★

ハンサムは何をやっても似合うんだよ。あ、僕トム・クルーズです。「お姫様になりたーい!妖精になりたーい!」と夢見がちなことを言ったり、実際にそんな格好をしちゃったりする夢から醒めてない女の子っているよね。まぁ、それも多少大らかな気持ちで見れば可愛いっちゃあ可愛いもんだけど、あんまり男の子で「王子様になりたーい!妖精になりたーい!」って言う人はいないよね。やっぱり、アレかな?ハンサムが足りないからかな?でも、僕はやるよ。だって、ハンサムだもん

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【ストーリー】
闇の魔王が世界から全ての光を奪い地上を支配する為、光の象徴である神聖なるユニコーンを捕らえた。そのユニコーンと愛する王女を救う為、森の妖精と森の人トムちんが魔王の城へと向かう。

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「観た!」という強烈な印象が残っている割に、内容はサッパリ思い出せなかった本作。改めて鑑賞し直してみたが、昨夜観たばかりだというのに相変らず内容はサッパリ
スピルバーグ同様、徹底したリアリズムと妥協なき暴力描写が本来のスタイルであると、最近になってようやく認知され始めたリドリー・スコット。しかし、『エイリアン』『ブレードランナー』直後だった当時は、まだまだ「ビジュアルだけのSFの人でしょ?」と誤解されていたようで。どっちかと言えば、それは弟の方ではと。まぁ、そんな誤解が生じても仕方のないほど、本作のビジュアルイメージは強烈。やり過ぎと言えるほどファンタジーの世界を徹底的に再現したセットは全てのシーンが絵画のように美しく、特に暖炉の炎を照明に利用した王女の舞踏シーンの美しさは絶品。しかし、画面上を花びらだの粉雪などシャボン玉だのが常に飛び交うウザったいほど美しい映像とは裏腹に、物語がビックリするほどチグハグ。元々は150分ほどあった完成版を94分(欧州版114分)にカットしただけあって展開は唐突。また、人物描写が浅すぎるため、お姫さまは行き当たりバッタリの行動を繰り返すただのバカにしか見えないし、トムちんにいたっては、女性に対して根拠の全くないお世辞だけが上手い森に住むちょっとアレな人以外の何者でもない。この二人の間で恋愛感情が存在していることにも説得力が全くなく、トムちんはお姫さまを好きだとしても、お姫さまにとってのトムちんは、自分になついている森の小動物のように扱っているようにも。案外その通りなのかも知れませんが。本作の100分の1くらいの予算でホールマークあたりが作れば、もっと面白い作品になったのでは。
94分の上映時間にタンジェリン・ドリームが音楽を担当した米版、114分の上映時間にジェリー・ゴールドスミスが音楽を担当する欧州版と二つのバージョンがメインに存在する本作だが、なぜか日本公開版は米版の上映時間に欧州版の音楽というややこしいバージョン。米版で使われていたのか、ブライアン・フェリーがまるで自分の主演映画のように気持ち良さそうに歌うPVを先に見ていたので、劇場で鑑賞した際に流れてこないのでガッカリした記憶も。

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過剰なまでに作りこまれた背景の中を走っていると、まるでケイト・ブッシュのPVを見ているかのような現実離れした美しさを発揮する『フェリスはある朝突然に』のミア・サラの美しさには溜息が出るばかりだし、「オンナ♪オンナ♪」と嬉々として女性を追っかけまわしていた『モンスター・パニック』や人体破壊の限りを尽くした『遊星からの物体X』のロブ・ボッティンによるクリーチャーデザインも秀逸。そして、そのロブ・ボッティンにより原型を留めないほどゴテゴテとメイクされているにも関わらず存在感を失うどころか、より強固にその存在感をアピールするティム・カリーのいつもの仕事ぶりにも感嘆する。本作や『ロッキー・ホラー・ショー』『IT/イット』のように分厚いメイクをしていても、『殺人ゲームへの招待』や『シャドー』のようにスッピンでも芸風が全く変わらないのは凄い。
だが、本作最大の鑑賞ポイントは彼らではない。そう。もちろんトムちんだ。厳密に言えば、トムちんの太ももだ。基本的にトムが飛んで、トムが回って、トムが泣いて、トムがニカっと笑う映画なのだが、それ以上に印象に残るのがトムの太もも。ピーターパンのような緑の衣装は異常なまでに短いホットパンツだし、いざ鎧を着込んだかと思えば、丈が異常に短いのでミニのワンピース姿にしか見えない。作り手もトムちんの太ももを撮ることに執着しているのか、スタントを使っているわけでもないのに太ももしか映っていないシーンも多数。顔よりも太ももが映ってる時間の方が長い。しかも、四つんばいかしゃがんでいるシーンばかりなので、顔が写っていればもれなく太ももも。共演者がトムちんよりさらに小さい方々なので、彼らをワンフレームに収める工夫としてトムちんがしゃがんでばかりいると思っていたが、作り手の意図はそこではなかったのかも。あんまり嬉しくない配慮でしたが。
トムちんもリドリー・スコットも二度と近づかないジャンルではあるが、トムちんは可愛かったので、トムちんファンか美少年の太ももフェチの方々にはオススメの一本で。

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どんだけ寒くても太ももだけは

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2006年11月28日

レイヤー・ケーキ (Layer Cake)

監督 マシュー・ヴォーン 主演 ダニエル・クレイグ
2004年 イギリス映画 105分 サスペンス 採点★★★★

いくつもの層(レイヤー)を積み重ねて作られたケーキ。表面こそ綺麗に飾られているけど、中のほうは色んなものがギューギューに押し込められて、日の目も見ない。かと言って、上のほうを食べてみれば、大して美味しいわけでもない。その割に、頂上からひり出されたウ○コは、下へ行くほど大きく広がり、より臭くなっていく。確かに、そんなもんですねぇ。

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【ストーリー】
堅実に麻薬ディーラーとして過ごしてきて引退を決意した男が、ボスから大物エディの娘を探すことと、わけアリのドラッグを捌くように命じられる。どちらも簡単な仕事に思えたが、裏には大きなカラクリが隠されており…。

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『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』『スナッチ』のプロデューサーであるマシュー・ヴォーン初監督作品。当初はガイ・リッチーを監督に考えていたらしいが、なんだかんだで自分で監督を。今更『スナッチ』風の小洒落た映像と会話に溢れた映画かと思いきや、どっしりと地に足が着いた犯罪映画になっていて驚いた。しいて例えるなら、生々しくなった『ミラーズ・クロッシング』だろうか。
劇中に流れる“昨日のことは嘆かずに、どうにかして普通の生き方を見つけなければ。なんとかその普通の世界で生きていく方法を手にして、生き抜いていかなければ”と歌うデュラン・デュランのオーディナリー・ワールドに象徴されるような徹底した用心深さと計画性で渡り歩いてきた男が、小さな歯車の狂いからドツボにはまっていく様子と、人間模様、隠された企みを派手な演出を抑え、ひたすらセリフと表情で描く本作は一見地味ではあるが、観ている側にその心の動き、明かされた時の驚き、犯罪社会の中で生きる厳しさがダイレクトに伝わるだけの力強さを持っている。各人がそれぞれの思惑を持ち、それこそタイトル通り幾層にも積み重なったストーリー構成を持つ脚本の中から、必要な情報を漏らさず映像化した監督の手腕もさることながら、原作者でもあり脚本も手掛けたJ・J・コノリーの、映画として見せることを前提に整理された脚本の力が大きい。

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しかし、その良く練られた脚本や堅実な演出以上に本作に貢献しているのが、ダニエル・クレイグの顔だ。『ミュンヘン』でも『ジャケット』でもそうだったのだが、ハッキリ言えば犯罪者顔だ。しかし、この犯罪者顔がなければ本作に受ける印象が大きく変わっていた可能性も。冷静沈着であるが、犯罪者。知的で頭がすこぶる切れるが、犯罪者。モテモテだが、犯罪者。苦味も渋味も全て顔一つで成立させる彼だからこそ、本作の厳しい犯罪社会に生きる主人公が生々しく映えてくる。虚しさの残るラストも、彼らしくて非常に良い。
ずーっとロシアのスパイが出ずっぱりの様な予告編だった、『007/カジノ・ロワイヤル』。ピアーズ・ブロスナンがあまりに素晴らしいボンド俳優だっただけに、ダニエル・クレイグのボンドにはもの凄い不安感を持っていたのだが、本作を観る限り、もしかしたらもしかするかも

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ラストで彼が“名無し”であることに気付きました…

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2006年10月28日

レモ/第1の挑戦 (Remo Williams:The Adventure Begins)

監督 ガイ・ハミルトン 主演 フレッド・ウォード
1985年 アメリカ映画 121分 アクション 採点★★★★

誰も待っていないというのに、『氷の微笑』がヌケヌケと復活。10以上のスクリーン数を誇るシネコンに行っても、複数のスクリーンを占拠して上映されるシリーズ物にリメイク作品の数々。レンタル店の新作棚も、ほとんどがシリーズかリメイク。この現状は今に始まったことでもないし、面白ければさして文句もないのだが、続編やリメイク作によって面白い作品が隅に追いやられて陽の目を見ないのは如何なものかと。まぁ中にはシリーズ化を目論むも、20年以上首を長く待っている人たちもいるんでしょうが。アレック・ボールドウィンとかフレッド・ウォードとか。

【ストーリー】
顔も名前も身分も全ての過去を捨て秘密組織の暗殺員となったレモ。韓国の秘術“シナンジュ”を駆使し、悪徳軍需産業の陰謀を打ち破る。

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ベストセラー小説『デストロイヤー』シリーズを映画化。内容以前に主演がフレッド・ウォードという大バクチに驚く。そのバクチに勝ったか負けたかは、まぁ…。
韓国の秘術“シナンジュ”によって、飛んでくる銃弾を避けたり水面を駆けたりする主人公の活躍ぶりが中心に描かれるかと思いきや、その訓練課程に時間の大半を。まぁ、“第1の挑戦”ですから。“第2”までの待機時間が長すぎますが。だがその訓練課程こそが魅力的で、粗野で礼儀知らずの典型的アメリカ人レモと、全てにおいてナンバー1を主張する謙虚さに欠けた師匠チュンとの掛け合いには“師弟関係=擬似父子関係”を匂わせ、『ベストキッド』やかつてのジャッキー映画に通じる面白さがある。
60年代から70年代にかけて007シリーズをはじめ数多くの骨太アクションを手掛けたガイ・ハミルトンだけあって、「男のアクションは体を張れ!」と言わんばかりの土木系アクションを連発。“高い所に宙ぶらりん”が土木系アクションの基本であることを踏まえた、自由の女神上で延々と繰り広げられるアクションシーンは白眉。悪徳軍需産業に立ち向かう秘密組織の暗殺員って物語の割には、闘っている相手が建設作業員と犬という地味さが多少気になるが、そんな地味加減も、「今から特攻野郎Aチームでも始まるのか?」と錯覚さえ起こす軽快なテーマソングで強引に捨て去る力技も魅力。音楽に合わせてキャストが振り向き、ピタっと止まって名前がババーンと出るアレ。いつフレッド・ウォードが振り向いちゃうのかとハラハラしましたが。

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“華やか”という言葉の使い道だけはどうやっても見つからないフレッド・ウォード。しかし、その華のなさが本作に与えた影響も大きく、観た後一瞬で忘れ去られそうな単純娯楽作である本作を、観た人誰もが忘れられない一本にのし上げた存在感に脱帽。それにしても、このキャスティングに行き着いた経緯に興味津々。俳優リストのAからZまで片っ端にオファーを出して、ようやくフレッド・ウォードが受けてくれたんでしょうか?よかったですね。フレッド・ウォードまで蹴ってたら、残るのはバート・ヤングぐらいですもんね。いや、かなり好きな俳優ですよ、フレッド・ウォード。『アルカトラズからの脱出』も『地獄の7人』も『トレマーズ』も『ライトスタッフ』も大好きな映画ですもの。まぁ、どれも主演ではないんですが。
いつまで経ってもフレッド・ウォードが主演である事実に脳が慣れず、他のキャストに対し気もそぞろになってしまうのも本作の魔力なのだが、それでも厚塗りメイクで韓国人に扮したジョエル・グレイのインパクトは強烈。不気味なのか可愛いのか不明なキャラクターであるが、大まかに分ければ“可愛い”に分類されるのでは。実は娘がジェニファー・グレイだったりするのが最大のビックリですが。ヴァンダミングアクションの代表作『ハード・ターゲット』を始め、こんな役ばっかりのような気もするウィルフォード・ブリムリーも印象深い。
“第1の挑戦”から早くも20年以上が過ぎ去ったのだが、寝ても覚めても未だ“第2の挑戦”の噂すらない。心待ちにしているファンも、フレッド・ウォード本人も含め意外に多いので、ビデオスルーでも構わないので作って欲しいなぁと。もうそろそろ急がないと、フレッド・ウォードがチュンみたいになっちゃいますし。

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待てども待てども待てども待てども………

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2006年10月21日

ロケッティア (The Rocketeer)

監督 ジョー・ジョンストン 主演 ビル・キャンベル
1991年 アメリカ映画 108分 アクション 採点★★★★

スーパーマンやウルトラマンなど端っから飛べる身体を持っている勝手な方々は放っておいて、何か乗物を使う以外に自由に空を飛ぶ方法はないものかと夢見がちだった子供時代。タケコプターが一番身近にあった存在であったが、どうにもあれは首がすごく疲れそうだ。そんな有り得もしないことを考えながら漠然とテレビを観ていた私の前に現われたのが、ロサンゼルスオリンピックに突如と現われた“ロケットマン”。宇宙服のようなものを着て、背中にロケットを背負い、上からフラフラと降ってきたアレ。左右の移動がしんどそうであったが、子供心は鷲掴みに。まぁ、それでみんなが航空技師を目指したわけもなく、翌日から近所の子供たちによってロケット花火に括り付けられたカエルが上空を飛び回るのが大流行することになるわけですが。

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【ストーリー】
第二次世界大戦直前のアメリカ。志は大きいが懐は寂しいパイロットの青年がひょんなことから見つけたランドセル型ロケット。自由に空を飛びまわるその姿に、人々は“ロケッティア”と名づけるが、そのロケットを狙う黒い影が近づいてくる。

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ハワード・ヒューズが開発したロケットを背負い自由に飛び回る青年と、そのロケットを狙うナチスドイツ。クライマックスは、ナチスドイツの兵隊を相手にイタリアンマフィアとFBIの連合軍による銃撃戦!しかもヒロインはジェニファー・コネリー!!これでつまらない映画になるわけがない。
この人気グラフィックノベルを映画化した本作の監督は、ジョー・ジョンストン。若干影の薄い印象もあるジョー・ジョンストンではあるが、フィルモグラフィーを見てみれば、揃いも揃って良作揃い。ILM出身ということもあり、本作や『ミクロキッズ』のように特殊効果を前面に出した作品ばかりの印象も強いが、本作にも溢れている空とノスタルジーへの想いがパンパンに詰まった傑作『遠い空の向こうに』が忘れ難い。恐竜バトル映画のツボをしっかりと押さえた『ジュラシック・パークV』なんて、正直な所シリーズ中一番好き。そんな娯楽映画の名手ジョンストン監督作品だけあって、盛り沢山の見せ場や要素を持て余すことなく消化。尚且つ、何をやっても微妙に上手くいかないドジな主人公と上昇志向のヒロインの関係をコミカルに描き、心優しい“古き良きアメリカ”庶民の姿をも前面に出している為、いつでも誰でも安心して観れるいい意味でのディズニー作品となっている。
また、隅々に散らばる小ネタ大ネタに対する気配りも充分。降板したばかりの元ジェームズ・ボンドに、見た目はロンド・ハットンだが扱いは『私を愛したスパイ』のジョーズという大男を相棒として絡ませる大ネタも、その元ボンドがエロール・フリンソックリだったり、クラーク・ゲーブルとすれ違ったりする小ネタも非常に楽しい。「へぇぇ!“HOLLYWOODLAND”の“LAND”って、こうやってなくなったんだぁ!」とビックリしましたし。
なんとなく虫っぽいヘルメットのデザインはさて置き、さりげなく見せる空中スタントのレベルも高く、作品を盛り上げるジェームズ・ホーナーによる王道的サウンドトラックも感じが良い。何度観ても楽しい、娯楽映画の見本のような作品。

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“B・キャンベル”と言えば真っ先に“ブルース”・キャンベルが浮かぶ私ですが、本作の主演であるビル・キャンベルもなかなかなもので。クラシカルな顔立ちに均整の取れたスタイルの持ち主である彼は、プライベートではかなりのプレイボーイらしく、本作でもその生粋の二枚目臭漂う好青年を好演。しかし、この作品以降ぱっとしない。印象は決して薄くはないのだが、大して強くもない。相手が悪かった。なにしろ可愛げ絶頂期のジェニファー・コネリーだから。『ダーク・ウォーター』では身体が細くなったのと同時に魅力自体も失ってしまった彼女だが、本作では『ラビリンス/魔王の迷宮』の可憐な少女から、可憐な顔はそのままに身体だけは立派に成長した、大人になるギリギリ手前の妖しくも危うげな魅力をたっぷりと振りまいている。さすがジョー・ジョンストン。子連れで来たお父さんへの気配りも忘れていない
歴代ボンドでは4番目に好きなティモシー・ダルトン扮する、口説き文句は常に自身の出演作からのセリフで、“ハリウッドNo.3のスター”という微妙な位置にいる割に、態度だけは“No.1”の悪役も、主人公の父親代わりでもある飛行機技師を演じる『ポイント・ブランク』のアラン・アーキンも非常に魅力的であるが、やっぱりサブタレ的には大富豪ハワード・ヒューズに扮する、大人気テレビシリーズ『ミレニアム』のワッツ役や『W/ダブル』の頑張りすぎる義父役で一部では有名人なテリー・オクィンをイチオシで。かなりひいき目かも知れないが、最後に見せる優しさに溢れた笑顔は、本作全体に通じる優しさである。ワッツなのに。

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彼が救ったのは、オジサン一人と世界

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2006年10月13日

リトル★ニッキー (Little Nicky)

監督 スティーヴン・ブリル 主演 アダム・サンドラー
2000年 アメリカ映画 93分 コメディ 採点★★★★

どうやら世間一般的に“末っ子”とか“一人っ子”ってのは、甘ちゃんでワガママで自分勝手でどうにも頼り甲斐のないイメージのようで。で、また一般的にB型ってのも、甘ちゃんでワガママで自分勝手で、どうしようもないイメージだそうで。じゃぁ、三人兄弟の末っ子で、上と歳がすごく離れているので一人っ子のように育てられ、しかもB型の私って、人間失格ですか?もう、おしまいですか?

【ストーリー】
いっこうに引退しない地獄の魔王に業を煮やした魔王の長男と次男は、地上を地獄にしちゃおうと地獄を脱走。地上からの魂が入らなくなってしまった為弱りきった魔王を救う為、気立てだけはいい三男坊のニッキーが地上へ向かい兄達を連れ帰ろうとするが…。

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アダム・サンドラーの作品選びの巧みさや、「あー見えてもバカではないんだね」という当然といえば当然のことを『もしも昨日が選べたら』のレビューで長々と書いてますので、興味があればどうぞ。
で、その『もしも昨日が選べたら』のパンフレットでも“失敗作”として挙げられているらしい本作だが、どうしてどうして。これは、アダムからファンへ贈ったお歳暮ではないですか。サタデーナイト・ライブ時代から幼児キャラを続けていたが、実年齢の向上と共に煮詰まりも見え始めていた頃に『ウェディング・シンガー』『ビッグ・ダディ』と新たな路線を開拓。しかし、このまま何事もなかったかのようにお涙ラブコメ路線へ移行してしまうと、「ケッ!結局おまえもロビン・ウィリアムズと同じか!」と思われてしまう恐れもあるので、これまでの幼児キャラの集大成と決別の意味も込めてこれでもかとヤリ過ぎた作品に、と考えるのは深読みか?
そんな深読みなくとも一瞬たりとも油断できないほど詰め込まれたギャグは強烈で、好き嫌いがハッキリと分かれるであろう程の孤高のアダムが楽しめる。『アダム・サンドラーは ビリー・マジソン/一日一善』『俺は飛ばし屋/プロゴルファー・ギル』『ハードロック・ハイジャック』『ウォーターボーイ』をギューギューに煮詰めて濃縮したアダム汁を、生で一気に飲むような強烈さだ。まるで「あと20年はこんなキャラやらないけど、これ観ればしばらくはもつでしょ?」とアダムに言われたかのような作品。最近のアダムに物足りなさを感じた時に必ず観ておりますよ、私は。大好きなんで。

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ヘヴィメタ愛と友情がギューギューに詰まった本作。いきなりオープニングからジョン・ロヴィッツだ。公開当時は、ハーヴェイ・カイテルの魔王やらパトリシア・アークエットやら最後まで浮きまくってたクエンティン・タランティーノやらキューティー・ブロンドにばかり注目が集まっていたが、正直この作品で楽しめるのは彼らではない。タランティーノ邪魔だし
やはり先に挙げたジョン・ロヴィッツを始め、瞬きすることすら許されないほど総出で出てくる“アダムス・ファミリー”の面々がお楽しみで。名前を全部挙げるとそれだけで記事が終わっちゃうので割愛させていただくが、いつもの顔ぶれが勢揃い。あ、ブシェミは出てませんが。その代わりと言うか、“代わり”というには畏れ多すぎるオジー・オズボーンが登場。“コウモリとオジー”でピンと来る一部の人以外は置いてけぼりのオチを、堂々と披露。圧倒的多数の観客がポカーンとなったであろうオチだが、アダムのセンスで贈られたお歳暮ですからご容赦を。オチの意味を書くのも小恥ずかしいので、メタルなお友達に「オジーって、コウモリ好きなの?」とか聞いてみてね。その前に「オジー・オズボーンって何してる人?」とも聞いておいた方がいいかも。
サタデーナイト・ライブ繋がりで『ウェインズ・ワールド』のダナ・カーヴィが出ていたり、『俺は飛ばし屋/プロゴルファー・ギル』のチャブスが相変らず天国にいたりと、自らのルーツを顧みる事を怠らないアダム。過去のどの作品でもさりげなく関連付けていたのだが、今は亡き盟友クリス・ファーレイの扱いに、ちょっぴりジーンときた。天国にいたんだねぇ。

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この作品以降は、こんな感じの作品が増えます

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posted by たお at 01:37| Comment(8) | TrackBack(1) | 昔観たアレ■ら行■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月10日

レディ・イン・ザ・ウォーター (Lady In The Water)

監督 M・ナイト・シャマラン 主演 ポール・ジアマッティ
2006年 アメリカ映画 110分 ファンタジー 採点★★★★

厄介なことに、人のイメージや評価ってものは第一印象で決まってしまうもので。そのコンマ何秒の世界で決まってしまった第一印象を覆すのは非常に困難で、それこそ雨ざらしの捨て犬に傘を差すくらいの勇姿でも見せない限り、なかなか覆すことが出来ないようです。ほとほと困り果てますねぇ。ただ、第一印象が悪ければ悪いほど覆すのに多大な努力を要するが、一旦覆ってしまえばそのギャップの大きさからか、ちょっとした善人でも聖人に見えてしまうほどの好印象を与え、その好印象が思いのほか長続きするもので。まぁ逆に、良い第一印象という好スタートを切ってしまうと、鼻毛一本のレベルで瞬く間に滑落したりもするんですが。鼻毛の手入れも大事です。

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【ストーリー】
アパートの管理人としてしがない生活を送るクリーヴランドの下に、ストーリーと名乗る謎の女性が現われる。実は彼女は水の妖精で、このアパートに住む将来世界に大きな変化を与えることとなる人物にインスピレーションを与える為にやって来たのだという。ところが、その人物にもめぐり合え水の世界に帰る算段もついた時、彼女の前に恐ろしい怪物が現われ帰路を断たれてしまう。彼女をなんとか水の世界へ帰す為、アパートの住人達が一致団結し怪物と対峙する。

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“端っから主人公は死んでましたよ”という『シックス・センス』の仰天結末によって、エンディングでビックリさせる“ギミックの帝王”の冠を授けられてしまったシャマラン。それ以降、作る作品作る作品“エンディングのビックリ度”のみによって作品の完成度が測られ、「ビックリしなかったから、ツマンネ」と作品のテーマを度外視する評価を下す輩が続出。また、ハリウッドでは珍しい自らのオリジナル脚本で映画を撮る部分に注目されるにつれ、過去の類似作品や元ネタと類推される作品を、映画を観る以上の努力と根気で探し出し、「パクりだ!パクりだ!シャマランは泥棒だ!」と騒ぎ出す者まで続出する始末。有史以降、人々が“面白い”と感じる物語には決まったパターンがあり、どんな物語も必ず過去の物語の影響を受けているのに。これらによってシャマランの作品は、その人気度・評判と比例する形で、背伸びした映画愛好家の恰好な餌食となることに。
シャマラン作品がビックリエンディング以外に観るものがないかと言えば、もちろんそうではない。“ビックリ王”の冠を授けられてしまった『シックス・センス』や『ヴィレッジ』では魂レベルでの愛を説き、シャマラン屈指の傑作『アンブレイカブル』では、「こんな人生を送る為に生まれてきたんだろうか?」と言う、中年期に訪れるミドルエイジ・クライシスと、光に相対する影として生きることを宿命付けられた“悪”の苦悩を見事に描いてみせた。また、“偶然は全て必然”という大袈裟なテーマと虚弱体質な宇宙人によってトンデモ映画の悪名高い『サイン』も、『ID4』的世界の最前線においてワンパク大統領が戦闘機に乗って暴れまわっていた頃、片田舎の一軒家というミニマムな世界で起きていた珍騒動をシャマラン流ユーモアとマニアックな小ネタで描ききった点で評価も高い。そして、これらの全ての作品に共通しているのは、幼稚なまでに純粋な“優しさ”である。

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シャマラン作品としては珍しくエンディングにこれ見よがしなギミックのない本作は、元々は娘に聞かせる御伽噺として作られた物語である。既にあちらこちらで書かれている通り、この作品の脚本には大穴がボコボコと開いているし、辻褄合わせに終始したかのような展開は慌しい。人間となんら姿形が変わらず、何の奇跡も起こしていない自称“妖精”という異物が現われたのにも関わらず、登場人物は全て疑うこともなく受け入れてしまうし、中には姿も見ていない又聞きの状態であっても信じてしまう。普通の映画では“信じる・信じない”の過程だけで大半の時間を費やしてしまうのにだ。また、登場人物が揃いも揃って善人であり、住人が昔聞いたことのある御伽噺と全ての事象が合致してしまうことに不自然さを感じることも多いであろう。事実、この脚本を読んだディズニーの重役が、そのあまりにあんまりな出来に書き直しを提案し、それを聞いたシャマランが「ボクを信じてくれないなんて、ひどいー!」と泣きながら飛び出したといういわくつきの作品である。そんな作品であるのにもかかわらず、鑑賞中に感じるこの心地の良さは一体なんなのであろう?それは、この作品が現実の世界に“御伽噺”という異物が迷い込んだ物語ではなく、現実と御伽噺が共存する世界を描いた作品だからではないのであろうか。幼稚なまでに純粋な優しさに溢れた世界の。

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その“幼稚さ”と“純粋さ”に、いわゆるハリウッド流のビジネス臭は感じられない。それは、シャマラン自身の出自が大きく影響を与えていると思われる。裕福な医者の息子として何不自由なく育った、ボンボンならではの純粋さだ。ガツガツとしたハングリー精神溢れる作家ならヒネて捉えてしまう“願えば叶う”という絵空事にも似た考えを、“願えば叶う”環境で育ったシャマランだからこそ、純粋に事実として描くことが出来るのだ。そしてそのファンタジーを事実として見せられる事により、観客は至福の時間を得ることとなるのだ。
シャマラン作品の楽しみの一つとして挙げられるのは、シャマラン自身の登場である。『シックス・センス』の医者役、『アンブレイカブル』の怪しいインド人といった脇役だったのが、『サイン』では主人公の妻を轢き殺してしまう重要な役にのし上がり、登場時間も徐々に長くなって人々を不安にさせたものだ。ケヴィン・スミスの『ジェイ&サイレント・ボブ 帝国への逆襲』のように、「コイツ、いつか自分主演の映画を作るんじゃないか?」と。さすがにでしゃばり過ぎたと反省したのか、続く『ヴィレッジ』ではラストワンシーンでの短い登場であったが、ガラスの反射越しに映るという、まるで『ロビン・フッド』のショーン・コネリーの様な大物扱いぶりが、この作品最大のビックリに。それでも、これらの役柄は存在しなくても作品が成立する程度のものであったが、今回は凄い。登場時間の長さもそうだが、シャマラン演じるキャラクター抜きでは作品自体が成立しない重要な役柄を演じちゃってる。それも、劇中で一番二枚目なの。素人同然の演技にもかかわらず、物憂げな表情で二枚目に扮するシャマランの存在が、本作最大のファンタジックな部分なんですが。このシャマランのナルシストぶりを乗り越えられるかどうかが、この作品を楽しむ上での最大の試金石になるのは確か。私ですか?シャマラニストなんで、もう慣れちゃいました。

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シャマランを二枚目の頂点とする本作は、主演のポール・ジアマッティを始め登場人物全員が揃いも揃って美男美女ばかりのいわゆるハリウッド式ヒーロー・ヒロイン像とは程遠い方々ばかり。しかも、バカ揃い。そんな低所得・低学歴・低美貌だが人の良さだけには満ち満ちた人々が、人魚映画監督の娘で綺麗なのだがなんとなくエラ呼吸してそうなブライス・ダラス・ハワード扮する水の妖精を一致団結し助け、結果世界を救う物語は、美男美女が醜い者を倒すよくある映画よりも遥かに好印象。美男美女が救った世界より、バカが救った世界の方がずっと住み心地が良さそうですし。
これまでのシャマラン作品同様、根っからの悪人が出てこない本作。ただ一人、映画評論家を除いては。これまで評論家に散々叩かれたのを相当根に持っていたようで、とことんいたぶっておりましたねぇ。コワイコワイ。
脚本のアラ、シャマランのナルシストぶりと散々叩かれるであろうこの作品であるが、根底に流れる揺ぎ無い優しさと、絶対に曲げることのないシャマランの頑固ぶり、そしてプールの水面越しに映すラストカットの素晴らしい美しさを評価して、私は断然この作品を支持しますよ。デヴィッド・ボウイの“魂の愛”も流れてますし。

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一番救いを必要としている人々によって救われる世界って、なんか住み心地良さそう

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posted by たお at 16:10| Comment(44) | TrackBack(88) | 昔観たアレ■ら行■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月23日

ラストデイズ (Last Days)

監督 ガス・ヴァン・サント 主演 マイケル・ピット
2005年 アメリカ映画 97分 ドラマ 採点★★

ことの始まりはマット・デイモンだったとか。『グッド・ウィル・ハンティング』だったか『ジェリー』だったか忘れてしまったが、ガス・ヴァン・サントがマット・デイモンとロケ地へと向かう間中、連日カーステレオで大音量で流したのがニルヴァーナの“ネヴァー・マインド”だったという。「がちゃがちゃとうるさいバンドだなぁ」と当初は嫌っていたサントも、その音に込められた叫びや思いに惹かれ始め、今ではロック史上最も優れたアルバムの一枚に挙げるほど入れ込むことに。いやぁ、ジミーちゃんがニルヴァーナのファンでよかったですねぇ。オリヴィア・ニュートン・ジョンとかだったら、どんなことになったか

【ストーリー】
麻薬リハビリ施設を脱走した人気ロックスターのブレイクは、森の中に建つ彼の別荘にたどり着く。そこで彼は、人生最期の二日間を過ごす。

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1991年にリリースされたアルバム“ネヴァーマインド”の世界的大ヒットで一躍スターダムを駆け上ったが、そのプレッシャーや思い通りの音楽をやれない苛立ちからドラッグにのめり込んでいったニルヴァーナのカート・コバーン。そして続くアルバム“イン・ユーテロ”リリース後の1994年4月5日。彼はショットガンで自らの頭を撃ち抜いた
本作は、そのカート・コバーンの最期の二日間をモデルとしたフィクションである。ガス・ヴァン・サントは自身の監督作『エレファント』同様、客観的に捉えたいくつかの出来事をそれぞれのキャラクターの視点で何度も交差させ、その出来事の羅列が持つ意味を全て観客に委ねる。思春期特有の視野の狭さと息苦しさを、やはり『エレファント』で見事に表現した焦点深度の浅い映像も、人物の視点で使われている。基本的な語り口は、『エレファント』と全く同様と言ってもよいだろう。しかし、あまりに客観的過ぎる。『エレファント』も同じく客観的だったとはいえ、常に登場人物の隣に立った客観性であり、彼らの持つ思いや悩みが言動の端々から伝わってきていたが、本作では登場人物をあまりに離れた位置から眺めているように思えて仕方がない。彼らが何を思い、何を悩み、何から逃れたいのかがあまりにも漠然とし過ぎており、観客に委ねるのは丸投げにも近い。悲しいまでに滑稽な世界を表現したコミカルな演出や、鮮やかな緑を主体にした映像が力強い分だけ、もったいない。
意図的に音楽を使うことを避け、ノイズとも実際の喧騒とも判断しかねない音で主人公の心の歪みを表現しようと努めた本作だが、カート・コバーンをモデルにしたこの主人公の心の歪みは、やはりカート・コバーンの言葉でしか表現は出来ない。ニルヴァーナの実質的最後のアルバム“イン・ユーテロ”の最終曲『オール・アポロジーズ』の一節、「こんな人間じゃなくて どんな人間になればいいのか 悪かったね」と歌う彼自身の言葉で。

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一歩も二歩も引いた作りだったせいか、クレジットで初めてアーシア・アルジェントが出ていることに気付き驚く。メイキングではっきりと姿を現した彼女の太りっぷりに、更に驚く。ルーカス・ハースのインタビューもついでに見てみたが、なに大人ぶってんだぁと。でも考えてみればもう30歳。そりゃぁ、大人だ。いつまでも「ジョン・ブックのちっちゃいの」とは呼べないなぁ。で、肝心のマイケル・ピットだが、カート・コバーンに似てる似てないはさておいて、いい雰囲気。『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』のトミーがまんま大きくなった感じなのだが、この手の役は本当に似合う。
いまだに妻であったコートニー・ラヴによる暗殺説が囁かれるカート・コバーンの死。信じたい思い、信じたくない思い、様々な思いが入り乱れているのであろうが、彼女が“セレブリティ・スキン”で歌い上げる「私の名前なんか忘れ去られている でも、ここに来てよかった」が、喪失感による苦しみから立ち上がった復活宣言に思えた私は、そんな説は信じたくないですねぇ。

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ニルヴァーナのアルバムを二枚聞く方が伝わることが多い

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posted by たお at 01:38| Comment(4) | TrackBack(17) | 昔観たアレ■ら行■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする