2016年12月23日

メカニック:ワールドミッション (Mechanic: Resurrection)

監督 デニス・ガンゼル 主演 ジェイソン・ステイサム
2016年 フランス/アメリカ映画 98分 アクション 採点★★

有名な”暗殺者って、暗殺者としてはダメなんじゃないのかなぁ?

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【ストーリー】
死を偽装し裏社会から足を洗った元殺し屋ビショップのもとに、過去に因縁のある男クレインから仕事の依頼が入る。タイで知り合った女性を人質に取られたビショップは、止む無くその仕事を受けるのだったが…。

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事故に見せかける完璧な暗殺を行う凄腕殺し屋の活躍を描く、『メカニック』の続編。メガホンを握ったのは、『THE WAVE ウェイヴ』のデニス・ガンゼル。
なんかもう、つっこむ気力も失ってしまうほど何一つ理屈の通ってない本作。開始早々、引退した殺し屋に仕事をさせるため愛する者を人質に取るってのは分かるんですけど、その対象が居ないから、手頃な女を脅迫してその相手にしちゃおうという、回りくどい上に実効性の薄い計画に驚かされる。「ゴメン、タイプじゃないし」って言われたらどうするつもりだったんでしょ。
主人公の動機付けがこんなんだから、後はもう推して知るべし。別の犯罪者に名前と刺青だけ一致させて、ターゲットのいる目的の刑務所に収監されるとは限らないのに逮捕されてみたり、派手な立ち回りをして難攻不落の要塞に侵入した時点でもう“事故”には見えなかったり、ターゲットに「実はね…」とあっさりネタ晴らしして悪役の計画をとん挫させたりと、もう展開が徹頭徹尾メタメタ。
まぁ、アクションだけでも楽しめれば救いがあるんですが、野外で輝くジェイソン・ステイサムを、不自然極まりない背景を合成された舞台で暴れさせてるんで、アクションの迫力も激減。再生計画の一環なのか、不自然なまでにプッシュされたジェシカ・アルバの存在感も、作品のペースを狂わせるだけにしか機能していない、なんかロケ地の南国気分に気が緩んでしまったかのような一本で。

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前作に続きビショップに扮したのは、『SPY/スパイ』のジェイソン・ステイサム。無精ひげが濃いめ。元飛び込み選手の意地か、今回はやたらと水に入ってたステイサムですが、アクションのキレは相変わらず見事でいつも通りのステイサム仕事を満喫できたのは嬉しい。まぁ、撮り方が全然ダメなので魅力激減なんですが。最近ゲストとしてはヒット作に恵まれているステイサムですけど、主演作に当たりが減ってるのは気になるところ。仕事を選ばないのがステイサムの魅力ではあるんですけど。
元特殊部隊って設定が全く活かされていないジーナに扮したのは、『マチェーテ・キルズ』のジェシカ・アルバ。容姿の衰えが全く感じられないのには驚かされますが、演技力も全く進歩していないってのにも驚きが。劇中、妙にプッシュされてるんで、そこがより目立っちゃう感じで。
その他、『メン・イン・ブラック3』のトミー・リー・ジョーンズや、『酔拳 レジェンド・オブ・カンフー』のミシェル・ヨーといった大御所が登場しているが、ただそこに居るだけ。おそらく短い拘束時間内、撮影以外の時間を満喫してたのかなぁと。

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半分バカンス

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2016年12月16日

ミラクル・ニール! (Absolutely Anything)

監督 テリー・ジョーンズ 主演 サイモン・ペッグ
2015年 イギリス/アメリカ映画 85分 コメディ 採点★★★

「やあやあ!そちの願いをひとつだけかなえてやるぞよ!」と神さま的な何かが現れたら、何を願いましょうかねぇ?「じゃぁ、まずその数を100個に!」ってのは除いて。現実的に考えれば、それによって生まれるであろう多少の不満を帳消しにできるだけの富ってことになるんでしょうけど、結局のところ幸福や満足感ってのは相対的なもんだから、「何事に対しても幸福感を感じられるように!」ってのが一番無難なのかも。

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【ストーリー】
地球人の存在を知った強大な力を持つエイリアンは、地球人が銀河に存在するだけの価値があるかを確かめるため、無作為に選んだ一人の平凡な地球人ニールに万能の力を与え、その力をどのように使うかテストをすることに。不合格ならば即刻人類滅亡。そんな大それた計画が進行していることなど知らないニールは、突然目覚めた力を、くだらないことだけに使い続け…。

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モンティ・パイソンの現存メンバーが勢揃いしたことに加え、ロビン・ウィリアムズの最後の作品としても話題を呼んだ、SFコメディ。監督と脚本を務めたのは、『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』のテリー・ジョーンズ。
突如授けられた力にてんやわんやする平凡な男の姿を描いた本作。『ブルース・オールマイティ』的なアレ。願い事をその言葉通りに叶えちゃう融通の利かなさを描いた、細かいスケッチ集を観ているような楽しさが。シリー・ウォークの真似に一時ハマってた程度にしかモンティ・パイソンに馴染みがないので、メンバーが揃ったありがたみや、醸し出される“らしさ”ってのにはいまいちピンと来なかったんですけど、結局のところ人間なんてちっぽけな存在でしかないっていう根底にある考え方や、宗教の成り立ちをシニカルに見つめた視線が仄かに感じられるのが特徴かと。
しかしながら、一つのテーマや、力のおかげで憧れの女性が振り向いたと勘違いしている主人公といった、物語上面白くなりそうな展開などをとことん掘り下げたって感じはなく、思いついた笑いをフンワリと寄せ集めたようなまとまりのなさは否めず。作品や作り手をを特徴づける毒気や固定された視点が薄いってのは、やはり物足りなさを。

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ただ、『しあわせはどこにある』のサイモン・ペッグが、その辺の物足りなさを存分にカバー。持ち前の人の好さと可愛らしさ、そして俗っぽさを存分に発揮し、主人公のニール役にぴたりとハマる好演。というか、こちらが愛してやまない“いつもの”サイモン・ペッグを堪能させてくれたのが嬉しい。
そんなサイモン・ペッグがチャーミングの塊だったのに対し、共演の『ハード・ラッシュ』のケイト・ベッキンセイルはただ美人なだけでチャーミングさが足りず、相性の良さを感じられなかったのはちょいと残念。彼女の友人役だった、マリアンヌ・オルダムが相手役だった方が良かったかなぁとも。
また、『モンティ・パイソン/人生狂騒曲』以来の集結となった、テリー・ジョーンズ、『ピンクパンサー2』のジョン・クリーズ、『ブラザーズ・グリム』のテリー・ギリアム、『キャスパー』のエリック・アイドル、『ワンダとダイヤと優しい奴ら』のマイケル・パリンら、モンティ・パイソン現存メンバーがエイリアンの声を担当。
この錚々たる顔ぶれの中、やはり一番目を引いたのは『ナイト ミュージアム』のロビン・ウィリアムズが声を担当した、犬のデニス役のモジョ。飼い主への愛情と忠誠心と自らの欲望だけで構成されている、犬の愛くるしさをそのボサボサとした風貌で表現。犬→猫→鳥と動物の好みが移行した私ですけど、「やっぱ犬もいいな!」と動物好きとなった原点に立ち返りたくなりそうな可愛らしさが、サイモン・ペッグの可愛らしさと相性抜群だったなぁと。

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犬の方をニック・フロストに代えても違和感なし

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2016年04月12日

ムカデ人間3 (The Human Centipede III (Final Sequence))

監督 トム・シックス 主演 ディーター・ラーザー
2015年 アメリカ映画 102分 ホラー 採点★

面白くないギャグでも繰り返しやられると、つい笑ってしまいますよねぇ。でも、本当に面白くないものは、繰り返されれば繰り返されるほど腹が立ってくるもので。

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【ストーリー】
医療費も離職率も全米最悪で、暴動も頻発する劣悪な刑務所。改善策を模索していた所長のビル・ボスのもとに、部下で会計士のドワイトから一つの提案が出される。それは、ドワイトが大好きな映画『ムカデ人間』を真似て、囚人全員の口と肛門を繋げてみるというものだった。その案を気に入ったビルは、囚人500人によるムカデ人間を作り始め・・・。

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口と肛門を繋げる、とどのつまり強制ウ○コ食わせシステムであるムカデ人間を描いたシリーズ最終章。監督・脚本はもちろん『ムカデ人間』のトム・シックス。
刑務所を舞台に総勢500人を繋げちゃう本作。でも、それだけ。ひたすら下品芸に徹した『ムカデ人間2』では生理的嫌悪感や演出手腕にエスカレーションや進歩の具合が窺えたが、本作では人数が格段と増えた以外は何の特徴もなし。晴天の野外にいるムカデ人間にはこれといって嫌悪感を感じませんし。なんか、運動会の出し物みたい
監督本人も出演して映画内で現実と虚構を更に交差させたり、セルフパロディ的笑いを全面に打ち出し“なにか違うもの”に挑戦した気配はあるんですけど、それらが上手く行ってるとは到底思えないのも残念だった本作。下品芸で誤魔化せていた“下手さ”が如実に出た結果かと。もともとSM嗜好の強い本物の変態と言うよりも、そういうキャラの体当たり芸人みたいな作り手なので本物臭に相変わらず乏しいのは仕方がないんですが、今回はその芸自体にもパワーがないので台無し。

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一作目の主人公だったディーター・ラーザーや、普通の人になっててガッカリ甚だしいローレンス・R・ハーヴィー、荒ぶってなくてこれまたガッカリ甚だしい北村昭博らシリーズ組が揃ってるのはファンの人にとっては嬉しいのかも知れない本作。ただ、やる気の全く感じられない様がある意味衝撃的だった『インヒアレント・ヴァイス』のエリック・ロバーツや、『リトル★ニッキー』のトム・“タイニー”・リスター、『アウト・フォー・ジャスティス』のロバート・ラサードら半端に見たことのある役者が出てしまってる分“映画っぽさ”が出てしまい、観てはいけないものを観ている如何わしさや現実と虚構の交差感が弱くなってしまってたのも残念だったかなぁと。まぁ冷たい言い方ですが、“残念”というよりも“こんなもんだろうなぁ”って感じ。

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それではー6年生によるームカデ人間ですー

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タグ: ホラー
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2016年03月23日

MUD マッド (Mud)

監督 ジェフ・ニコルズ 主演 マシュー・マコノヒー
2012年 アメリカ映画 130分 ドラマ 採点★★★★

自分のことを振り返ってみると、社会と接点を持ち始めた高校や大学の頃に出会った大人たちから受けた影響って絶大なんですよねぇ。考え方や身の振り方など、今現在の自分を作り上げたと言っても過言じゃないほどの影響を。うちの子どもらはまだ親や先生くらいしか接点を持つ大人っていないんですけど、今後どんな出会いを経験して成長していくのか、親が口を出しにくい部分なだけに不安もありますが楽しみでも。

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【ストーリー】
アーカンソーの田舎町で決して裕福とは言えない生活を送る14歳のエリスと親友のネックボーン。ある日、彼らはミシシッピ川に浮かぶ島の、洪水によって木の上に打ち上げられたボートで寝泊まりするマッドと名乗る男と出会う。彼は愛する女性ジュニパーのために殺人を犯し逃亡中の身で、この島で彼女と落ち合い逃亡する準備をしていると彼らに告げる。愛を信じたいエリスはその話に引き込まれ、マッドに協力をするのだったが・・・。

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テイク・シェルター』で注目されたジェフ・ニコルズが脚本と監督を務めた、多感な少年と殺人犯との交流を描く犯罪ヒューマンドラマ。
川に浮かぶボートハウスで、川魚を売る父とその生活に嫌気がさしている母親と暮らすエリス。親友のネックボーンには両親が居らず、川底を漁って生計を立てている伯父と暮らしている。裕福とは言い難い生活であり、町で暮らす住人との間には目には見えないが超えられない壁が存在している。でもエリスはその人生を受け入れ、愛する父親の仕事を手伝い、余暇は同じ境遇のネックボーンと遊ぶ日々。過酷な境遇故に他の子供たちよりも早く大人になり始めているエリスだが、一方で“愛”を無垢なまでに信じている。しかし、愛し合ってたはずの両親は別居を決意し、恋人だと思っていた年上の女性にも年齢を理由に冷たくあしらわれる。愛さえあればなんだって乗り越えられるはずなのに、現実はそうもいかない。そんな時に、愛ゆえに殺人を犯した逃亡犯と出会う。
そんなちぐはぐな環境と大人たちに翻弄される少年の心情を、細やかかつ鮮烈に描いた本作。木の上の船や毒蛇など宗教的な概念が自然に溶け込んだ寓話性が愛の物語により深みを持たせた脚本も、監督の出身地でもあるアーカンソーの寂れた町並みに役者同様に顔と人格を持たせた映像も非常に素晴らしい。大人の都合で分かりづらくなった全容を明らかにするのではなく、少年の視点で分かる範囲のみにしているのも良し。また、マッドが迎える顛末も悪くないが、新たな環境で生活せねばならなくなった不安や慣れ親しんだ場所を離れる悲しみも、近所に年上のお姉さま方が住んでるのを知り「うん!これも悪くない!」と非常に男の子らしい心の切り替えをするエリスの顛末も清々しくも素晴らしい、今まで見逃していたことを惜しんでしまう一本で。

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逃亡中の殺人犯マッドに扮したのは、『インターステラー』『フレイルティー/妄執』のマシュー・マコノヒー。彼の演技と存在感の圧巻さたるや。ミステリアスに登場するも、展開が進むにつれ、後先を考えない一途さ故の危うさや、想定外の展開に思考が停止してしまう脆さなど明らかになってくる人物像を見事に表現。90年代の本作の構想を始めた時点でマコノヒーが監督の頭にあった、一種のあて書きのような脚本ではあるが、その要望に応えて余りある熱演を披露。
ただ、そんなマコノヒー以上に心に残るのが、本作が映画出演2作目になる、どうやら年上が好みらしいエリスに扮したタイ・シェリダン。現状を受け入れると同時に悩みや辛さも呑み込んでしまった破裂寸前の脆さや、マッド同様思いこんだら真っすぐに進む以外にない危うさが手に取るように伝わる好演。どこかトム・ハーディを思い起こさせる風貌も役柄にマッチ。
その他、南部男の象徴的存在でもある『デンジャラス・ラン』のサム・シェパードや、トラッシュ役が板についてきた『デビルズ・ノット』のリース・ウィザースプーン、ニコルズ作品常連である『ロシアン・ルーレット』のマイケル・シャノンなど隅々行き届いたキャスティングも良かったが、中でも「エリスと一緒にいたい」ってだけで物語に絡むネックボーン役のジェイコブ・ロフランドがなんとも可愛かったなぁと。

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5年分にも値するひと夏

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2016年01月26日

Mr.タスク (Tusk)

監督 ケヴィン・スミス 主演 ジャスティン・ロング
2014年 アメリカ映画 102分 ホラー 採点★★★

なんかユーチューバーとやらが人気でございますねぇ。うちの子供らも、TVを観る時間よりもゲーム実況とか観てる時間の方が圧倒的に多いですし。ただまぁ、全員が全員とまでは言いませんが、一方通行ならではの自分だけが楽しそうな喋り方とか、コミュニケーション能力に疑問を感じざるを得ない笑い方とか、モノマネのモノマネでしかないキャラ作りなど、どうにも好きになれないんですよねぇ。まぁ、ネットで自己主張をしているって意味では、私も同じ穴のむじななんですけどね。

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【ストーリー】
ポッドキャストを運営するウォレスは取材のためカナダを訪れるが、その取材は空振りに終わってしまう。しかし、地元のバーにあったメモに興味をそそられ元船乗りという老人のもとへ向かい取材を行う。だが、その最中に猛烈な眠気に襲われたウォレスは昏倒、目を覚ますと車いすに縛られており、しかも片足が切断されてしまっていた。そこへ現れた老人の口から、恐ろしい計画が語られ…。

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自身が行っているポッドキャストで喋ったネタを映画化した、『コップ・アウト 刑事(デカ)した奴ら』のケヴィン・スミスによるホラーコメディ。
本作に収録されていたインタビューで「メジャー作はなにかと面倒!」「いい加減プライベートにネタがない」「映画作りに興味が薄れてきた」など語っているように、ここしばらく元気もらしさもない作品が続いていたケヴィン・スミス。前作『レッド・ステイト』に続いてホラージャンルに挑んだ本作も、その“らしくない”作品のように見えるが、“ポッドキャストで盛り上がったネタ”という一種のプライベートネタを、セイウチ人間という“誰も作らないけど自分が観たい作品”を撮るインディーズ魂とジャンル映画愛を込めて製作する、非常に彼らしい一本に仕上がっていて嬉しかった一本。怖い/怖くない、面白い/面白くないをさて置いて、まず嬉しい

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“旅先でエライ目に遭う”という定番ネタであるが、そのエライ目ってのが“セイウチ人間にされる”というふっ飛んだ設定だった本作。ケヴィン・スミス版『ムカデ人間』と言えばそれまでだが、些細なものから品の無いものまでバラエティに富んだ笑いを提供しつつ、しっかりとジャンル映画の系譜を守った恐怖演出を展開し、クライマックスにはそれらがものの見事に混在した、笑っていいのか怖がっていいのか観てるこっちが困惑する、ここ数年振り返っても味わったことのない衝撃&唖然&困惑するシーンを披露。あれは確かにセイウチだ。“セイウチ人間”としか表現できない衝撃的な生物を、スクリーンの中央にドドーンと据えて、それを若干突放し気味の距離感で撮るなんて、ありとあらゆる人の期待を裏切ってでも自分の観たいものを撮るケヴィン・スミスならではのセンス。もう悶絶。人間の皮膚で作ったセイウチスーツを縫いつけられたセイウチ人間と半裸の老人が肉弾戦を繰り広げる映画なんて、これまでありましたか?そんな唯一無二の作品を作ったってだけでも評価に値するのでは。陰惨なはずなのに不思議と生理的嫌悪感が少ないってのも味でしたし。
成り上がって調子づいたオタクを主人公に据え、オタク仲間の友人とゴージャス過ぎる彼女、ネジが吹き飛び過ぎて原形をとどめていない狂ったキャラにコンビニ店員と、ならではの人物設定も楽しかった一本で。

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“Wallace”と“Walrus(セイウチ)”という、ダジャレレベルの名前が付いた主人公に扮したのは、『ギャラクシー・クエスト』『アフターライフ』のジャスティン・ロング。オタク系青年を演じさせたら右に出るものがいなかった存在ながらも、若手の台頭で脇に追いやられ最近元気がなかった印象もあったんですけど、本作ではそこに“成り上がり”要素を加えて元気いっぱい。まぁ、今後「あぁ!あのセイウチの!」と認識されやしないかと心配にもなりましたが。
また、セイウチ愛に溢れ過ぎちゃってた老人に『アルゴ』のマイケル・パークス、これはこれで良い感じの成長だなぁと個人的には思ってる『シックス・センス』のハーレイ・ジョエル・オスメント、「彼女がこんなんだったらいいよねぇ」って夢と希望と妄想が込められた『ラン・オールナイト』のジェネシス・ロドリゲスに、ケヴィン・スミスの嫁と娘という、らしいキャスティングも楽しめた一本。
そういえば、ジョニー・デップが役名のままでキャスティングされてましたが、まぁ相変わらずだなぁって感じで。

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行きすぎたペット愛みたいなもの

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2016年01月20日

マーシュランド (La isla mínima)

監督 アルベルト・ロドリゲス 主演 ラウール・アレバロ
2014年 スペイン映画 105分 サスペンス 採点★★★★

すっごく初歩的なことではあるんですけど、ある特定の年代を舞台にしている作品って、その年代じゃなければならない理由ってのがあるんですよねぇ。ただ、観慣れた国の作品とかならまだしも、然程詳しくない国の作品だったりするとオチの意味すら把握できなくなっちゃう場合も。なもんだから、初っ端に“19○○年”とかテロップが出たら一時停止にしてググルようにしてるんですよねぇ。まぁ、劇場の場合はお手上げですけど。

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【ストーリー】
1980年、スペインのアンダルシア地方。首都マドリードから湿地帯の小さな町へ左遷されてきた若き刑事ペドロとベテランのフアンは、二人の地元少女が行方不明になった事件を担当することに。しかし、少女らは程なく遺体で発見され、その遺体には惨たらしい拷問と強姦の痕跡が残されていた。捜査を進める内に、過去にも同様の事件が発生している事を知った刑事は…。

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独裁国家から民主主義国家へと生まれ変わったばかりのスペインを舞台にした、本格的な刑事ドラマ。『UNIT 7 ユニット7/麻薬取締第七班』のアルベルト・ロドリゲスが脚本と監督を。
少女の惨殺死体や小児性愛、麻薬汚染や貧困といったセンセーショナルな題材を扱いつつもそのキャッチーさに頼らず、湿地帯から染み出る湿気のようにジワジワと浮き出る田舎町の暗部を、己の目と耳と足で暴いていく本格的で重厚な刑事ドラマを満喫できた本作。都会から遅れてようやく変化の波が訪れた田舎町の閉鎖的な空気感や、その町を離れることが容易なようで困難な状況に失望しきった若者の姿、少しずつ明らかになる過去と同時に人物像も明確になっていく刑事らなど、ストーリーのみならず状況や人物描写の見事さにも舌をまく。
決してランニングタイムは長くないのだが、十分過ぎる程どっしりとした充足感を味わえた本作。活劇的なシーンはほぼ皆無だが、ちょっとしたチェイスシーンにある高い緊迫感や暴力シーンの陰惨さなど、メリハリの付け方も非常に上手い、ちょっとこの監督の過去作も漁りたくなるだけの魅力と面白さがあった一本で。

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ここから先はネタバレと憶測になるんですけど、この組織的な拷問殺人事件の末端に居る犯人こそ逮捕するも、その全容が明らかになるどころかベテラン刑事フアンにも疑いの目が行く締めくくりを迎える本作。
ちょっと監督のコメント等までは調べがつかなかったのであくまで憶測ではあるんですが、“フアン犯人説”は少々厳しいかなぁと。事件発生時に犯行可能だったような描写もなければ、時期も過去に遡るので難しい。ただ、写真に残る犯人の腕時計の位置や形状、拷問の達人だった過去やその女好きっぷり、霊媒師の意味深な発言など、観客に疑いを敢えて持たせる作りになってるのも事実。
じゃぁ、なぜそんな描写にしたんだろうという疑問が。これは個人的な解釈でしかないのですが、フアンはこの事件で自分の影を追う羽目になったのではないかなぁと。犯人に向けた怒りや蔑視は全て自分に返って来る、自分の尻尾を延々と追い続けなければならない無間地獄に陥ったかのような。実行犯の一人に対する異常なまでの暴力も、逃れることも消すことも出来ない自分の内なる闇に対する感情の爆発なのかも。また、霊媒師の言葉も、その言葉通り過去の犠牲者の怨が不安の心身を蝕んでいる現在を指してたのかも。個人的にはこれが一番シックリきた解釈でしたねぇ。
そんな、鑑賞後もあれこれ頭に残る、そして決して闇雲に煙に巻くような作りではない本作はやっぱり好みだった一本で。

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美人ばっか住んでるってのも好みで

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2016年01月18日

マザーハウス 恐怖の使者 (La casa del fin de los tiempos)

監督 アレハンドロ・イダルゴ 主演 ルディ・ロドリゲス
2013年 ベネズエラ映画 101分 ホラー 採点★★★

観てない方にはネタバレになっちゃうんですけど、『アザーズ』って謎の人影に怯えるニコール・キッドマンを映し出してましたが、人影側も怖かったでしょうねぇ。引っ越してきたら知らんのが三人ウロウロしてるんですもの。あ、でもニコマン程の美人がウロウロしてるのも悪くないか。

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【ストーリー】
1981年11月。不幸な事故で末息子ロドリゴを失ったドゥルセ。その夜、自宅で悲しみに暮れる彼女は何者かに殺された夫を発見し、長男のレオも彼女の面前で連れ去られてしまう。殺人の容疑で逮捕された彼女は、30年の時を経て自宅へと戻って来る。“家”そのものに家族を奪われたと主張する彼女の言葉を受け、カウンセリングを担当していた神父は家の歴史を調べ始めるのだが…。

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家族を失った母親がその驚愕の真相を知る様を描く、本作がデビューとなる新鋭アレハンドロ・イダルゴが製作/脚本/編集/監督を兼任する大忙しっぷりで作り上げたベネズエラ産SF風味ホラー。
家の秘密とその捻りに捻った設定がほぼ全てになるため、何を書いてもネタバレになっちゃう困った一本。なもんで口数はだいぶ少なくなっちゃいますが、“良く練られた物語に満足できた一本”とだけは断言可能。あとはもう、その目で確かめてと。
確かに初監督ってのもあってか粗さの目立つ作品ではあった本作。家の秘密が判明する最大のクライマックスはなんかモシャモシャした演出によりインパクトが薄まってしまっているし、○○モノに付きもののパラドックスも少々気になる所。そして何よりも、父親のホセが不憫過ぎる。事故とは言え最愛の息子をもう一人の息子によって殺されるってだけでも最悪なのに、○○が実は××じゃなかったと知ってしまった挙句に殺されるなんて、可哀想過ぎるにも程がある。主人公の対応次第では実際に○○を××するかは人柄を考えると微妙なだけに、もうその顛末の悲惨さばかりが気になっちゃって。
ただまぁ、もう二度と味わいたくないはずの屈辱を○○の自分に味あわせる決断をしてまで息子を守ろうとする母親の愛や、その息子を取り囲む様々な愛が判明するラストショットの見事さもあるので、やはり満足度の高いめっけもんホラーだったなぁと。

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ある意味お母さんは自業自得

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2015年11月13日

モール・コップ ラスベガスも俺が守る! (Paul Blart: Mall Cop 2)

監督 アンディ・フィックマン 主演 ケヴィン・ジェームズ
2015年 アメリカ映画 94分 コメディ 採点★★

映画がヒットすれば続編作ってもうひと儲けってのは、ビジネスとして非常に真っ当。で、どうせ作るならもっとスケールアップして大ヒットを狙い、シリーズ化への軌道に乗せてウハウハっても理解できる。ただ、予算もスケールも倍増させて前作より面白くなった作品ってのは、それこそ数えるくらいしかないんですよねぇ。まぁ、既に名前の知られた続編を作る方が金が集まりやすいからって理由も少なくないんでしょうけど。

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【ストーリー】
6年前にショッピングセンター強盗事件を解決し、最愛の女性とも結婚できたことで幸せの絶頂に居たかのように見えた警備員のポールだったが、妻は僅か6日間で彼のもとを去り、母親は事故死。結局シングルファーザーとして仕事に没頭する孤独な日々を再び送っていた。そんな彼のもとに、ラスベガスで行われる警備連盟総会の招待状が届く。優秀な警備員のみが招かれるその総会に喜び勇んで出席する彼だったが、滞在先の豪華ホテルでは美術品強盗団が潜んでいて…。

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闘魂先生 Mr.ネバーギブアップ』のケヴィン・ジェームズ主演でスマッシュヒットを飛ばした、『モール★コップ』の6年ぶりとなる続編。『ゲーム・プラン』のアンディ・フィックマンがメガホンを握り、製作にはもちろんアダム・サンドラーも。
予算に大差ないせいか、舞台のほとんどがセットだったせいか全体のスケールアップ感は然程なかったものの、如何せんだいぶ前に一度観たっきりですし私の記憶力がアレだってのもあるんですけど、「ポール・ブラートってこんなキャラだったっけ?」ってのが最初に来るほど、主人公のダメな部分がスケールアップした感強い本作。そのダメな部分に笑いを集中させる前半部の、こつこつヒットを狙いに行きながら凡打が続いてしまうかのようなハズしっぷりが痛い。笑いの質がドタバタと化す後半に多少盛り返すものの、トータルでの低空飛行感は否めず。重要なポジションじゃないってのが救いではありましたが、ヒロインにあたる『クライモリ デッド・エンド』のダニエラ・アロンソの大失敗したハル・ベリーのような残念さもちょいと痛恨。ブラート父娘が妙にモテるってのも、笑わせたいのかそうじゃないのかいささか不明で。
話術に動きにとオールマイティな笑いを生み出せるケヴィン・ジェームズの才を活かしきれてなかったのはアレでしたけど、ゲイリー・“ケヴィン兄”・バレンタインや、嫁サンドラー、ニコラス・“ジョン弟”・タートゥーロにバス・ルッテンといったお馴染みの顔触れが揃ってるのはやはり嬉しい。相変わらずサンダーバードの人形のようだった『キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』のニール・マクドノーの気持ち悪さも絶妙でしたし。

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好きな人には堪らないのかと

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2015年08月21日

ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション (Mission: Impossible - Rogue Nation)

監督 クリストファー・マッカリー 主演 トム・クルーズ
2015年 アメリカ映画 131分 アクション 採点★★★★

どんな時もユーモアを忘れず、いかなる危機もサラリと回避し、女性には優しいが時に非情になる。そんなジェームズ・ボンドを子供の頃から繰り返し観ていたせいか、“カッコいい大人=ジェームズ・ボンド”“スパイ=モテモテ”ってイメージを強く植えつけられてしまった私。実際はそんなことないんでしょうけど、モテないスパイはスパイじゃないとまで思ってたりも。きっと私がモテモテじゃないのも、私がスパイじゃないからだ。絶対そうだ。

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【ストーリー】
国際的に暗躍する謎の組織“シンジケート”を追っていたイーサン・ハントとIMFであったが、これまでの暴走が問題視され、CIA長官によりIMFは解散されてしまう。それでも単身調査を続けるイーサンであったが、シンジケートの罠にはまり囚われの身となってしまう。しかし、敵の一員と思われた謎の美人スパイ、イルサに救われたイーサンはチームを再集結させ、敵か味方か定かじゃないイルサも加えシンジケート壊滅へと動き出すのだが…。

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最早トム・クルーズの代名詞ともなった、ハンサムスパイ活劇“ミッション:インポッシブル”シリーズ第五弾。毎回監督が違うこのシリーズで今回メガホンを任されたのは、『ワルキューレ』以降、『アウトロー』『オール・ユー・ニード・イズ・キル』とトムちんとの仕事が続くクリストファー・マッカリー。
第五弾と言いつつも、監督それぞれの持ち味を全面に出し試行錯誤していた印象があった初期のナンバリングされた3作とは大きく異なり、前作『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』でようやく完成したトムちん流スパイ活劇の雛形を引き継いだ、“新生ミッション:インポッシブル2”ってな感じだった本作。絶対的なカリスマを持つハンサムスパイを中心に据えながらも、基本的にはチームとしての活躍を描き、不可能と思われるミッションを息も絶え絶えにこなしていく。そんな“今観たいミッション:インポッシブル”ってのを堪能させてもらった一本。
また、今回は今年がスパイ映画の激戦年になることを意識したのか、ロンドンを舞台の中心に世界中を暗躍するはぐれスパイ組織との戦い、そしてそこにイマイチ信頼できない美人スパイを絡めるという、シリーズ中最もスパイ映画らしい内容に。“スパイ=モテモテ”って大切な要素実現のためか、前作まであんなに必死に守ってた嫁さんの存在がウヤムヤになってましたし。また、贅沢旅行気分を味わえる大規模なロケ撮影、各所で話題となったオープニングの空中スタントを筆頭とした目を見張る生アクションの数々、そして微妙に見切れてるアストンマーチンという、本家007に真っ向勝負を挑んでいる姿勢も注目かと。
ただまぁ、スパイ映画らしさを楽しめた一本ではあるんですけど、やや込み入ったストーリーとアクションを撮るのでいっぱいいっぱいだったのか、トムが走ってトムが飛んで、トムがクルっと回ってニカっと笑う、そんな何を差し置いてもトムちんだけは腹いっぱい堪能できる“ザ・トムちん映画”としては物足りなさが残ったのも事実。やっぱりこのシリーズってのは、出来の良し悪しも重要だけど、“トム濃度”ってのも重要なんだなぁと改めて気づかされた一本でも。

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TV等で散々流されてる“輸送機にしがみ付くハンサムスパイ”ってシーンは思い出せるが、それ以外のトムちんが鑑賞後一週間も経つとなかなか思い出せなくなる本作。それでも、“輸送機内で敵に見つかり困り顔”や“ベンジーに無理難題押し付けられて困り顔”“ベンジーが空気読めなくて困り顔”など、前作同様スマートさよりもドタバタさが前に出たユーモラスなトムちんを楽しめたなぁと。それでいて、どんな女性も「ウフ〜ン」とさせるハンサムさを忘れていないってのも流石。嫁は忘れられてましたが
そんなトムちんを筆頭に、唯一の全作レギュラーであり、より一層トムちんの番犬的役割が増した『沈黙の処刑軍団』のヴィング・レイムスや、サイドキックとしてトムちんを助けてるってよりは困らせてる方が多くなってきたが持ち前の可愛げがその辺を許させるワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』のサイモン・ペッグ、官僚的な立ち位置になっちゃったせいか見せ場が激減した『ヘンゼル&グレーテル』のジェレミー・レナーなど、お馴染みの顔ぶれが各々の個性を発揮していたのも嬉しい。
また、全方位に嘘をついている故の冷たさと、それが崩れ落ちる瞬間のギャップがなんとも魅力的だった『ヘラクレス』のレベッカ・ファーガソンや、体型まんまのふてぶてしさと信頼感だけはない嘘くささが同じハンサムカテゴリながらもトムちんと対極にいる『ロック・オブ・エイジズ』のアレック・ボールドウィン、ワンシーンのみの登場ながらもその可愛らしさに目を奪われたハーマイオニー・コーフィールドらも印象的で。
そんな中でも、謎組織“シンジケート”を率いるソロモン・レーンに扮した、『プロメテウス』のショーン・ハリスの存在感は抜群。群集に紛れ込んだら瞬く間に見失ってしまいそうな特徴の捉え辛い見た目の反面、闇しか感じられない常人離れした目の怖さが絶品。紛れ込んで他者の記憶に残らない、でも明らかに一般人ではない、そんなスパイらしさってのを見事に体現していたなぁと。

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各国の女スパイを寝返らせるシリーズにしてみるのも宜しいかと

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posted by たお at 11:03 | Comment(8) | TrackBack(55) | 前にも観たアレ■ま行■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月29日

マッドマックス 怒りのデス・ロード (Mad Max: Fury Road)

監督 ジョージ・ミラー 主演 トム・ハーディ
2015年 オーストラリア/アメリカ映画 120分 アクション 採点★★★★★

“マッドマックス”シリーズの第4弾として2003年頃からプロジェクトがスタートするも、ロケ地ナミビアの情勢不安定による治安の悪化や、当然の如く主演を予定されていたメル・ギブソンの『パッション』製作やその後の情緒不安による人気の悪化などから、プロジェクトは静かにフェードアウト。それがまさかの再始動を始めたってニュースが流れたのが数年前。ただまぁ、正直なところその時点では全く期待してなかったんですよねぇ。前作の『マッドマックス/サンダードーム』があんまりにもアレでしたし、確かに『ベイブ/都会へ行く』はファミリー映画らしからぬ狂った傑作でしたけど、ファミリー映画に大きくシフトしたジョージ・ミラーがあの狂いに狂った世界を異常なテンションでフィルムに焼き付けることが出来るのかって疑問もありましたし。そもそも、滅菌されたエンタメ作品ばかりとなった21世紀のメインストリームで、それが許されるのかって不安も大きく。

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【ストーリー】
核戦争により文明が破壊され、尽きかけている資源を巡り幾多もの武装集団が争いを続ける世界。家族を守れなかった罪悪感に苛まれる元警官マックスは、独裁者イモータン・ジョーを神の如く崇めるカルト武装集団に捕まり、彼らの輸血袋として利用される。そんな中、ジョーの右腕であり戦闘員“ウォーボーイズ”のリーダー格である女戦士フュリオサが彼の妻5人を連れ逃亡。ジョーは総動員での追跡を開始する。この苛烈な追跡劇に巻き込まれてしまったマックスは…。

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そんな不安や心配など全く無意味だった本作。
と言うか、ヤバイ。面白すぎる。鑑賞後サブタレ用にレビューを書こうとPCの前に座るも、興奮し過ぎて何から書いたらいいかサッパリ浮かばず、何時間も足掻いている内に全てのシーンを全部文字に起こしちゃうか「スゲー!スゲー!」と書いて終わりにしちゃうかってとこまで追い込まれ、それじゃあんまりなんで一晩置いて冷静になろうと寝て起きるも、やっぱり興奮冷めやらず。なので、大まかな構成も着地点も全く決めていない、いつも以上に支離滅裂なレビューになってしまうことを予め宣言。勘弁してくだされ
客観的に作品を評価する際の基準となる完成度や所謂芸術性なんてものを度外視すると、映画館での映画体験でこれだけの興奮を味わえたのは、大げさな話ではなく子供の頃観た『地獄の黙示録』のヘリ襲撃のシーン以来なのでは。てか、追う/追われるの立場は逆だけど、ジョージ・ミラーがコンラッドの『闇の奥』を映画化したらこうなるんじゃないのか。
理屈や屁理屈、常識や非常識がゴチャゴチャと混じり合った、普段の日常とはまるで別の世界に突然強制的に放り込まれる感覚を存分に味わえる本作。目を覚ましたら、そこはさっきまで寝ていたはずのベッドの上ではなく、何処かもわからぬ砂漠のど真ん中に居る上に白塗りの武装集団に囲まれてる。もしそうなったらスゲェ驚くだろうし混乱もするんでしょうけど、それに近い感覚を久々に味わえたのがこの映画。観ているこっちの何かを狂わせてしまう、そんな力に満ち溢れていた作品。
普段見ることなど絶対に出来ない“なんかスゲェもの”を見せるのが映画の原点であるってのを思い出させられたのと同時に、それによって自分自身の映画原体験にある興奮をも思い出させられたかのような一本で。

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『マッドマックス2』のリブートとかリ・イマジネーションのような趣がある本作。あの作品は数多くのフォロワーを生み出しただけではなく、崩壊した世界のイメージを決定付けたって意味でもいまだに影響力が強い作品でも。そんな世界を生みの親であるジョージ・ミラーが再び描き出すってのにワクワクさせられる一方で、完成された雛形にスッポリと収まってしまっているのではって危惧を感じたのも事実。ライブアクションの現場から長らく離れているってのもそう思わせた要因のひとつであるし、そもそも21世紀にあれがまた作れるのかって疑問も。つうか、70歳にもなればいい加減枯れてるだろうって思いも。
ところが、蓋を開けてみればそこに描かれているのは狂いに狂った狂乱の世界。
スクリーンの中心に据えれば物理的な大きさ以上の存在感の大きさと共に、“主役”としての風格を漂わせた巨大トラック“ウォー・マシン”を筆頭に、全体に金属のトゲを生やしたりショベルカーをそのまんま乗っけたりするデザインの大いに狂った車の数々だけではなく、中世の軍楽隊の如き大太鼓軍団を背にダブルネックのギター(しかもネックの先から炎を噴上げる!!)をかき鳴らし続ける盲目のギター魔人や、放射能の影響か、身体のどこかが肥大してるか退化している人間デザインまでもが狂ってる。どこか『デューン/砂の惑星』の男爵家の面々を思い起こさせる人間デザインの中でも、吹き出物に覆われ爛れ切った皮膚を隆々の筋肉を模した鎧で包み、威圧感と恐怖心を与えるにも程がある呼吸器で顔を覆う、『マッドマックス』のトーカッターことヒュー・キース=バーンが扮したイモータン・ジョーのデザインなんて、醜く奇怪で恐ろしいのに、一瞬「美しい」と思えてしまうほど秀逸
また、汚染されていない赤子を作り出すために集められた花嫁たちが閉じ込められてる“赤子工場”や、ひたすら母乳を搾乳され続けるだけの“母乳牧場”など、その世界の異常さを一発で観客に飲み込ませるイカした施設の数々にも圧倒される。

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もちろんビジュアル面の上っ面だけでは終わっていないのも、本作を特別なものへとのし上げた要因。見た目インパクトだけでも十分なウォーボーイズの連中は、単なる凶暴な暴走集団としてのみ描かれているのではない。彼らの願いは戦いの中で栄光の死を遂げ、その活躍を神の如き存在イモータン・ジョーに認められることによって過去の英雄たちの仲間入りをすることだ。それだけなら単なるカルトで終わってしまうし、イモータン・ジョーの存在自体も安っぽいものへと成り下がってしまうのだが、本作はそこに“汚染された土地に生まれたが故に短命”という決定的な要素を付け加えることで、彼らの行動が単なる悪ふざけではなく必然であることを印象付けている。それによって、ジョーもただの狂人や独裁者なんかではなく“部族の酋長”としての貫禄と大きな存在感が生まれているし、ウォーボーイズが死ぬために戦うという相手にするには一番面倒くさい存在として恐怖感を生み出している。
また、それだけでもやはり同じ顔した無個性の恐ろしい集団ってなってしまいそうなところを、『X-MEN:フューチャー&パスト』のニコラス・ホルト扮するニュークスを書き加え、彼にちょいとネジのずれたロマンスを含め多くのドラマを持たせることで“ウォーボーイズ”という部族がさまざまな個性の集合体であることを印象付けるのに成功している。
これらのビジュアルと世界観を、衰えの全く伺えないあの独特な荒々しいカメラワークと演出で描ききったジョージ・ミラー。なんかもう、『マッドマックス2』直後に昏睡状態に陥り、つい最近目覚めたかのようなエネルギッシュっぷりとカオスっぷりに大いに驚かされた次第で。

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狂気に満ち満ちた世界観とネジのぶっ飛んだビジュアルの話ばかりをダラダラと書き連ねてしまいましたが、マッドマックスの醍醐味といえばやはり度肝を抜かれるカーアクション。ただ、こればかりは「度肝を抜かれますよ、はい」としか書きようがない。それか「ブォーンブォーン!ガガーン!ドドガーン!」と延々と書き続けるか
個人的には、ジョージ・ミラーって職人に徹することも出来るけど、本質的には自分の思い描いたイメージを実現するためには、密林をナパームで焼き払うこともジャングルの奥地に巨大な蒸気船を運ぶことも辞さない、狂気に取り付かれた作家のマイルド版だと思ってるんですよねぇ。今回はその狂ってる部分が存分に前に出た印象が。
今の時代、CGIを使えば自分のイメージをそのまま画にすることも可能だし、そもそもロケに行く必要すらない。ところがミラーは、一貫してナミビアにこだわり続けたし、ライブアクションにこだわり続けた。もちろん本作にもCGIは活用されている。砦の景観や地獄のような砂嵐なんてのは、まさにそれ。ただ、アクションに関して言えば、CGIは何かを付け加えたり消したりする補助的な使い方こそされているが、そのほとんどはライブアクションだ。
生意気にも常々CGIを多用しすぎる風潮に苦言を呈してきた私。でも正直なところ「なんかイヤ」って以外明確な理由が思い浮かばなかったんですけど、本作を観てちょっとだけ分かった気がする。カメラが収めた素材を加工し、技術的にも物理的にも不可能なことを可能にするCGIによる映像は、迫力に関して言えば場合によってはライブアクション以上なのは確か。如何様にもアレンジできるし、何度でも寸分違わず再現も出来る。ただ、この“再現が出来る”ってのに何と言うか…“熱”が感じられない。一方、ライブアクションでは車がクラッシュした時に立ち上る砂埃や飛び散るパーツ、同様に舞い上がるスタントマンの身体の動きなどは、撮るテイク毎に違う。100%同じものは二度と出ない。『マッドマックス2』を観た人は思い出してもらいたいんですが、あの数々のクラッシュシーンをもう一度同じに再現しろと言われたら、あともう何人スタントマンが死ぬか分からないし、死んだところで再現は出来ない。その二度とない瞬間をフィルムに焼き付けた映像にこそ“熱”を感じる。そういう意味では、その場所のその瞬間でしか撮れない一瞬を収めた本作は本当に“熱い”一本だったなぁと。

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ちょっと他のレビューやコメントを全く見ていないので断言はしかねるんですが、過去作が神格化されているだけにアレコレ比較して腐す、所謂“原作原理主義”の方々も居られるのかと。そして、その話題の中心となるのは、『ダークナイト ライジング』のトム・ハーディ扮する新マックスなのでは。
確かに今回のマックスは、別に物語を背負っているわけでも牽引するわけでもない。家族を失ったというトラウマを背負っている設定だが、その事実を知ってるのは本人と観客のみで、映画内の住人は誰も知らない。と言うか、名前も何も知らない。タイトルにまでなってる主人公のはずなのだが、“ない”と言えば極端すぎるが、その場に居る必然性は極めて薄い。
一方、『荒野はつらいよ 〜アリゾナより愛をこめて〜』のシャーリーズ・セロン扮するフュリオサは常に物語の中心に居て、全てを背負い全てを牽引する。“女版マックス”というか、『マッドフュリオサ』ってタイトルでもおかしくないほど役割が主役。最後に片目になるのもこっちですし
ただ、振り返ってみれば『マッドマックス2』のマックスも似たようなもので、基本的に生き残るための自分本位の行動しか取らないマックスが大事に巻き込まれ、僅かに残っていた正義感を燃やした結果、そこの住人たちの世界が大きく変わる。その住人たちにとっては何者なのかさっぱり分からない、過去から現れた亡霊のような人物の行動が偉業として語り継がれ伝説となるが、当の本人にとっては必死に日々生き残る中での1エピソードに過ぎない。そんなヒーローでもなければアウトローでもない、サバイバー兼風来坊なマックス像ってのがしっかり受け継がれていたのは嬉しいなぁと。
まぁ、フュリオサが強烈過ぎて若干マックスが押され気味だったってのも確かにありますが、その辺はアナウンスはされてる次回作“Mad Max: The Wasteland”で挽回してくれるんじゃないかと期待。予定キャストにシャーリーズ・セロンがいる分、より一層『マッドフュリオサ』になる可能性もありますけど、それはそれで楽しみですし。

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で、こんだけダラダラと長いレビューを書いておきながら最後に愚痴ってのもアレなんですが、気になってしまったのは仕方がないので可能な限り手短に。
今回鑑賞したのは2Dの字幕版。基本的に吹替版は観ませんし、観ていないものなので断言はしかねるんですけど、相変わらず作品の世界観もキャラクターの性質もなにもかにもを考えない、実力度外視&作品愛ゼロのキャスティングがなされてしまっているようで。マックスのセリフが非常に少ないってのが救いなのかも知れませんが、子供らが以前見ていたTVドラマでの様子を見る限りは、喋る度に場が学芸会へと変貌しちゃうのが容易に予想が出来る気も。マックスが鼻声で「やっべーなぁ」とか言ってる様を想像すると、正直鳥肌立ちますし。
ただまぁ、力ある事務所のそれなりに名前の知られたタレントを声優として使うってのは、ビジネスとしては理解できなくもない。ワイドショーなんかが扱ってくれれば、高いCM枠に大金を払うよりも多くの宣伝効果を得れるでしょうし、タレント側もスターの仲間入りしたような気分を味わえてWin-Winの関係になるんでしょうし。そのWin-Winの関係には作品も観客も入っていないってのや、字幕にしろ吹替にしろ、映画の面白さをきちんと観客に伝えるって本来の職務からはかけ離れているって問題もありますが、まだ辛うじて観客には字幕/吹替の選択肢が残されている分マシなのかと。
それよりも、なんなんだあのエンディング曲は?
以前の記事でも書かせてもらったんですけど、あくまで予告編のみのイメージ曲かと思いきや、本来のエンディング曲を強制的にフェードアウトさせてぶち込んできやがる。“怒りのデス・ロード”の“怒り”ってのはこのことなのかい?ファンも少なからずいるんでしょうから曲そのものにはもう触れませんが、いつまでこんなことを繰り返すつもりなんでしょうねぇ。
“日本の映画鑑賞人口が減っている”ってニュースが先頃流れましたけど、厳しい言い方ですけど当たり前ですよねぇ。だって、観客を増やすにしろ作品の面白さを伝えるにしろ、その努力と方法が全て間違ってるんですから。「少なくても作品はキミらの物じゃないんだから、もっと大切に扱え!」と怒ったところで、今日のサブタレ怒りのデス・ロードはこれでおしまいー!

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ワルキューレの騎行も似合いそう

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posted by たお at 12:32 | Comment(16) | TrackBack(55) | 前にも観たアレ■ま行■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする