2007年05月08日

プレスリー VS ミイラ男 (Bubba Ho-Tep)

監督 ドン・コスカレリ 主演 ブルース・キャンベル
2002年 アメリカ映画 92分 ホラー 採点★★

少なく見積もっても、呼吸をするのをやめてから20年近くは経っているのだが、未だ生存説も根強いエルヴィス・プレスリー。「俺はエルヴィスを見た!」「死んだ方は替え玉だ!」「実は俺がエルヴィス!」と、相変らずタブロイド誌を賑わせているようで。日本だとまだピンピンしているというのに死亡説がまことしやかに囁かれたりしますが、この辺が国民性の違いなんですかねぇ。

【ストーリー】
実はモノマネ芸人と入れ替わってひっそりと生きていたエルヴィス。今では老人ホームで誰も自分の事をエルヴィスだと信じてくれないことをぼやきながら、唯一の友人である自称“黒人にされてしまった”ジョン・F・ケネディとまったりと日々を送っていた。しかしその老人ホームで老人の怪死事件が多発。犯人はミイラ男だった!

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考えてみれば『ファンタズム』シリーズと大好きな『ミラクルマスター/七つの大冒険』しか観た事がないドン・コスカレリ作品だが、それはそれでもうほとんど観たことにもなってしまうんですねぇ。
“プレスリーがミイラ男と戦う”。それ以上でもそれ以下でもない、タイトルまんまのヨタ話ではあるが、非常に面白いヨタ話でもある。タブロイド誌レベルの物語を、照れ隠しのように笑いに逃げるわけでも、サジを投げてしまうわけでもなく、「こんなお話、面白いよね?」とあくまでお話の面白さを表現することに注力したコスカレリの手腕が光る。まぁ“光る”と言っても、やたらと主人公が独り言を喋り、展開そのものがモタモタとした老人スピードであるコスカレリ風味を、「相変らずだなぁ、ドンは」と楽しめることが前提ではありますが。『ファンタズム』の殺人銀球のように虫が飛んできますし。

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ロック界のキングと政界のキングと古代エジプトのキングが戦うという、まるでマジンガーZ対ゲッターロボ対デビルマンのような夢の組み合わせである本作でロック界のキングに扮するブルース・キャンベル。今ではサム・ライミ作品における隠れキャラとして探す楽しみを提供してくれてはいるが、『死霊のはらわた』のアッシュのファンとしてはピンで活躍する作品を心待ちにしていただけあって、本作での活躍は嬉しい限りで。“フレディVSジェイソンVSアッシュ”の話もいつの間にか立ち消えになってるようでしたし。さらに立派に発達したアゴと老けメイクでエルヴィスというよりは『死霊のはらわた2』での邪悪な方のアッシュに見えることこの上なかったのだが、お馴染みのオーバーアクションも健在で、何気にシリーズ化される本作での更なる活躍に期待で。

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次の対戦相手は女吸血鬼だとか

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posted by たお at 15:03| Comment(2) | TrackBack(9) | 昔観たアレ■は行■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月04日

ハンニバル・ライジング (Hannibal Rising)

監督 ピーター・ウェーバー 主演 ギャスパー・ウリエル
2007年 アメリカ/イギリス/フランス映画 121分 サスペンス 採点★

観た映画の感想をサクっと書くことを目的にしていたサブタレも、いつの間にやら文章がどんどんと長くなってしまい、書くことが全く浮かばないような映画でもなんとか長い文章にする為、あれこれ膨らませて書く始末。書くことが特にないなら、書かないってのも大事なんだなぁと、つくづく感じる今日この頃。

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【ストーリー】
1944年リトアニア。幼いハンニバルは、戦火を逃れ妹ミーシャとともに山小屋に隠れていたが、そこへ逃亡兵の一団が現れ妹は殺されてしまう。やがて青年となったハンニバルは、故郷を離れパリに住む唯一の親類の元を訪れ、未亡人のレディ・ムラサキと暮らし始める。そこで幼少期の封印されていた記憶が蘇り、ハンニバルは妹を殺した連中への復讐を開始する。

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理解することも同意する事も出来ない全く相容れられない存在であった、ハンニバル・レクター。まるで進化したまるで別な生物のようでもあったレクターだったが、人間の心の奥底に眠る暗いファンタジーを刺激するかのように、強烈に人を魅入らせる力を持った、まさにダークヒーローでもあった。当然のごとく、如何様にして彼のような怪物が生まれたのか知りたいという欲求が生まれるのだが、よく知らないからこそ生まれるカリスマ性ってのもあるわけで。
で、前日譚としては一番知りたい“グラハムとレクターの対決”ではなく、その怪物誕生の理由の方を明かす本作。以前から話されていたように、その理由は“妹が食べられちゃったから”。それ以上でも以下でもない。もちろんそれだけでも十分に衝撃的な出来事なのだが、“食べられた”から“殺人鬼になった”までの間に、充分な説得力を持たせるだけの心の動きや出来事がないため、“妹が食べられた”一本のネタを大河ドラマ級にまで無理矢理膨らませた印象が強い。当然中身はスカスカに。

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過去の陰惨な記憶により衝動的に“食人行為”に走っているというよりは、殺したついでに何となくかじってみたようにしか見えないハンニバル青年。そもそも、強烈な魅力を放つも協調が全く出来ないキャラクターゆえに、主人公として一本立ちさせるために多少のソフト化は必然ではあるのだが、本作のハンニバルにはダークヒーローとしての輝きは一片もない。妹を食べちゃった極悪な集団に対する復讐譚となっているため、ハンニバルの行動はよくあるアクション映画の主人公の行動のそれと大差なくなってしまっている。観客に同意を求めてしまったのでは、ダークヒーローの存在意義がなくなってしまう。至極真っ当な復讐劇のように見せかけ、「そうだー!やっちゃえーハーンニバール!」と応援していると、復讐相手の家族をそいつの目の前でバリバリ食っちゃうハンニバルを見させられ「あ、そうだった…コイツはそういう奴だった」と、バツの悪い思いをさせてこそハンニバルだっていうのに。
主人公ですら中身が空虚な本作では、周囲を固める登場人物は更に酷い。見た目こそ違うが全員同じ人間じゃないのかと思うほど、揃いも揃って中身がカラッポ。「私は家族を失った」「私もよー」「俺もさー」、「アイツは悪人だ」「そうだねー」「そうだなー」と、カエルの歌を聴かされているかのような気さえしてくる。まぁ、作ること自体無粋な作品にあれこれ言うのも無粋なので、これくらいにしておきますが。この原作・脚本を、明らかに得意な分野ではないのに押し付けられた監督が可哀相だなぁと。

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「あぁ、そういえばこれハンニバルの映画だったんだ」といちいち確認

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posted by たお at 01:21| Comment(16) | TrackBack(71) | 昔観たアレ■は行■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月20日

パフューム ある人殺しの物語 (Perfume: The Story of a Murderer)

監督 トム・ティクヴァ 主演 ベン・ウィショー
2006年 ドイツ/フランス/スペイン映画 147分 サスペンス 採点★★★★

嗅覚っていうのは視覚や聴覚よりも記憶に直結されているのか、旅先で撮った何十枚という写真を見るよりも、久々に開けた旅行バッグから香る僅かな残り香を嗅ぐことで、旅先での些細な情景までをも鮮明に思い出すことが。思い出すのが旅先での思い出ならまだしも、街中ですれ違った女性から香る香水やシャンプーの香りで、若かりし日の思い出したくもないあんな事やこんな事までをも思い出しちゃうのは、困りものでもありますが。

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【ストーリー】
18世紀のパリ。類稀なる嗅覚の持ち主として生れ落ちたグルヌイユは、街で見かけた甘美な香りを放つ女性に魅入られ後をつけるが、騒がれてしまったため誤って殺してしまう。その日以来彼女の匂いにとりつかれたグルヌイユは、香水調合師に弟子入りし、香りの保存法を学ぶ。その保存法を基に、女性の香りを求め人殺しの日々が始まる。

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目から入る文字情報を脳内で補完・再現する読書と異なり、視覚と聴覚を占有するが為に、目に見えず耳に聞こえない物の表現が難しいとされている映画において、見えず聞こえない“香り”の表現に果敢に挑戦した一本。
その匂いを発する対象物を、表面のみならず内側で起きている事も詳細に映し出し、それが発する音までも再現することで観客の脳内にあるそれが発するであろう匂いを思い出させることに成功した本作が見せる18世紀のパリの様子に、まず圧巻。その悪臭漂うパリの街並みが見せる圧倒的な迫力と、ラベンダーが咲き乱れる美しい香りの都グラースの対比も見事で、画が持つ力にまず目を奪われてしまう。序盤・中盤・終盤と、物語もしっかりと練られており、原作物にありがちな早駆け感も少ない。既に観客が知っている香りの表現には成功した本作の本当の挑戦は、誰も嗅いだことのない神秘的な力を持つ香水の香りの表現なのだが、その香水が力を発揮するクライマックスが失笑も買いかねないオーバーなものなのだが、個人的にはアリなので、成功したものと考えても良いのではと。
映像の持つ力、崩れることのないストーリーラインなど満足度は高いのだが、クライマックス手前まであった物語の力強さが終盤に息切れしてしまうのは、やはり残念。匂いだけが対象物の存在理由である主人公に体臭が全くない皮肉と、それが故に生れ落ちた瞬間から存在自体がないも同然であった主人公が、生まれた地で選ぶ結末が、派手なクライマックスの後だけに正直ストンとこないことも。

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だいぶ恰幅が良くなったせいか、声を聞くまで気がつかなかった『ラブ・アクチュアリー』のアラン・リックマンや、人一倍匂いに敏感そうな鼻がキャスティングの決め手とも思えるダスティン・ホフマンなど、登場時間こそ短いが持ち味を存分に発揮させた配役の妙が魅力。しかしながら、そんな大御所を向こうに回しながら全く引けをとらない存在感を示したのが、立ち去るや否や不幸が訪れる、まるで座敷童子かのような主人公を演じるベン・ウィショー。人間でありながら、どこか確実に人間とは違うズレ具合を、セリフに頼らず立ち振る舞いで表現する。子供が怖がるのも当然

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で、本編とは関係のないことなのだが、劇場なりTVなりで映画の予告編を観ると、たとえどんな映画でも多少なりとも心が躍るものなのだが、本作のCMに関しては、観れば観るほど心が冷める不可思議な現象が。まぁ“不可思議”でもなんでもなく、作品に縁も所縁もない女装した芸人が竹刀を振り回しながら「観ろー!観ろー!」騒いでるだけのCMに、心を躍らせる方がアレなのだが。いい映画だろうがアレな映画だろうが“客が入ってナンボ”ってのは、興行の鉄則。詐欺ギリギリの宣伝であろうが、その映画が面白そうに見え観客がワンサカとやって来るなら、ドンドンやってくれとも。観客は騙されてその目を磨き、興行主はさらにその上を行く騙しを考えることで、映画界全体が切磋琢磨されていくんじゃないのかなぁと。ところが昨今の宣伝ときたら、劇場の外で涙だだ漏らしの一般人の、どんな映画だったのかサッパリ理解出来ない薄っぺらなコメント垂れ流しか、その作品にどう繋がるのかサッパリなタレントの、これまた薄っぺらなコメントの垂れ流しばかり。新たな騙しを考え付かない宣伝担当もアレだが、いつまでも同じネタに引っかかり続ける観客も観客。宣伝戦略に工夫がなく、TVの映画化と続編とリメイクとヨレヨレになったビッグネームの作品ばかりがラインナップに並び、それを観客が甘んじてしまっていては、映画産業も先細りになってしまうのではと、似合いもしないことを考えてみましたよ。

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匂いにだけは敏感そう

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2007年03月16日

ホステル (Hostel)

監督 イーライ・ロス 主演 ジェイ・ヘルナンデス
2005年 アメリカ映画 93分 ホラー 採点★★★

知り合いに会う心配がないためか、旅先で急に態度が大きくなる人っていますねぇ。何を思ってか、自分の家にされたら激怒するようなことを“旅の恥はかき捨て”とばかりにやっていくようで。旅先に限らず、“サービス”や“接客”というのをどう履き違えたのか、店員を奴隷と勘違いしている輩もワラワラと。なんですかね?そういう人たちって、自宅や職場で虐げられているんですかねぇ?

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【ストーリー】
ヨーロッパ各地を休暇で旅するアメリカ人のパクストンとジョシュ、アイスランド人のオリーは、“いい女選び放題”の話を聞きスロヴァキアのとあるホステルにやって来る。噂通りの快楽に身を委ねる三人だったが、これが大きな罠である事に気付かず…。

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『キャビン・フィーバー』『2001人の狂宴』と、個人的には好きな作品でなかったものの、元気とやる気だけは溢れるホラー映画を送り続けるイーライ・ロスによる一本。
過剰なまでの人体破壊と拷問描写だらけの作品かと思いきや、中盤まではお色気コメディと見紛うほどユルめのギャグとオッパイがてんこ盛り。クライマックスから拷問劇へと急展開するが、ゴア描写も然程強烈なものでもない。じゃぁ、前半と後半がチグハグでゴア描写のヌルいダメ映画の一本かといえば、そうでもない。“東欧(田舎)って怖いね”映画として語られがちだが、本作で描いているのは田舎の恐怖だけではなく、郷に従わず自分の流儀こそ一番と地元民を見下し失礼三昧な日々を送る旅人の姿。その姿をキチンと描いているからこそ、女目当ての旅人が会員制高級殺人倶楽部の陰謀に巻き込まれる拷問劇への急展開に違和感も少ない。さりげなく散りばめておいた伏線の回収もきっちりとこなす丁寧さもある。しかしながら、その丁寧さが食い足りなさを感じさせる要因でもあるんですが。

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自分の好きだったホラー映画群の雰囲気を再現することに従事しがちな若手監督が増えてきたようにも思える昨今。イーライ・ロスもその一人であったのだが、語り口の上手さ、舞台背景の細かさなどもあり、頭一つ飛び出た存在に。『オーディション』『極道恐怖大劇場 牛頭』の三池崇史を特別出演させるマニアックな遊びもあるが、全体を崩すまでのおふざけもない。
“泣ける映画以外は映画じゃない”というような風潮がまかり通っている日本において日に日に風当たりが強くなっているホラー映画だが、そりゃぁ個人の好みもあるので誰彼構わずオススメできるものでもない。しかし、どこぞの某アイドルのように「こんな映画を良いと思って見る人は人間としておかしい」と、安全圏である多数派の背後で自分個人の好みのみを基準に他者を断罪するのはいかがなものかと。この手の人に言いたいことは山ほどあるんですが、結局はこういう人たちが『パラダイス・ロスト』のような事態を引き起こすのではと。そんな人になるくらいなら、“人間としておかしい”ままでいた方がいいですねぇ

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こんな映画が好きだと、こんなことをしでかすんですか?

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2007年03月13日

パラダイス・ロスト (Paradise Lost: The Child Murders at Robin Hood Hills)

監督 ジョー・バーリンジャー/ブルース・シノフスキー 音楽 メタリカ
1996年 アメリカ映画 150分 ドキュメンタリー 採点★★★★★

“自由と正義を守る”を掲げるアメリカ。しかしその“自由”には、宗教の自由も、音楽の自由も、服装の自由も含まれてはおらず、そしてその“正義”は、万人に向けられるものでもないようだ。

【事件】
palo3.jpg1993年5月6日。アーカンソー州ウェストメンフィスの森の中で、三人の小学二年生の男子クリストファー・バイヤーズ、スティーヴン・ブランチ、マイケル・ムーアの惨殺死体が発見される。彼らは共に手足を靴紐で縛られており、全身に激しい殴打と拷問の痕が残されていた。中でもクリストファー・バイヤーズには、下腹部を中心に無数の刺傷が残され、性器は鋭利な刃物で抉り取られていた。
この凄惨な事件に対し、警察はすぐに二人の高校生、ダミアン・エコルズ(当時18歳)とジェイソン・ボールドウィン(当時17歳)を逮捕する。ジェシー・ミスケリー(当時15歳)の、「彼らと一緒に小学生を捕まえるのを手伝った」という自白が、この逮捕の決め手となった。
HBO製作によるこのドキュメンタリーは、警察が撮影した死体発見の目を覆いたくなるビデオ映像から始まり、低所得者が暮らすトレーラーハウスばかりが並ぶ街並みと、それらトレーラーハウスに暮らす被害者と容疑者の家族の様子を映し出す。愛するわが子を失い、耐え難い悲しみと怒りに震え、犯人に対する憎しみを露にする被害者の家族達の中には、全国ニュースのカメラを前に「キャー!TVに出れるのねー!」とはしゃぐ母親の姿と、神の名を振りかざし悪魔信奉に身を投じた容疑者にあらん限りの呪いの言葉を浴びせかけ、あまりに具体的過ぎる犯行の様子を語るクリストファー・バイヤーズの養父ジョン・バイヤーズの姿も。
悪魔信奉?ダミアンは黒髪と黒い服に身を包み、メタリカやメガデスといったヘヴィーメタルを愛聴し、大人びた口ぶりと冷めた目線で世間と距離を置いていた。自然との調和を目的とした“ウィッカ”と呼ばれる白魔術にも、強い関心を持っていたのも事実。しかし、生贄や呪いといった類の黒魔術とウィッカでは、まるで別物だ。ダミアンは、ただのゴス少年なのではないのか?だが、キリスト教の教えが絶対的なバイブルベルトに位置するウェストメンフィスでは、彼らは目立ち過ぎた。
カメラはジェシーの裁判の様子へと場所を移す。

【ジェシー・ミスケリー】
palo5.jpg事件の担当刑事が、ジェシーがダミアンらと悪魔信奉の集会に出席したこと、逃げようとする被害者の子供を追いかけて捕まえたこと、ダミアンとジェイソンが子供らを殺害する所を見たことなど証言した内容を録音した取調べテープを証拠として提出する。しかしこの証言テープは、明らかに不自然だ。12時間にも及んだはずの取調べにも関わらず、テープには核心に迫る証言をし始めた一部しか記録されておらず、犯行時間に関する証言も刑事の誘導によってより実際の犯行時間に近づけるよう何度も変遷されている様子が窺える。そもそも、ジェシーは10歳程度の知能指数しか持たない知的障害者であるのにも関わらず、保護者も弁護士も同席しないまま12時間も密室で尋問を受けさせられているのだ。圧力に弱く、強い者に流されやすい性質を持つジェシーの証言に、どれだけの信憑性があるというのだろう。ジェシーの弁護団は、物的証拠が皆無であること、証言テープが不備であり誘導によって導かれた可能性が非常に大きいことを訴える。自分の身に何が起きているのか、そしてこれから何が起きようとしているのか理解が出来ないジェシーは、判決を待つ間、父親や知人らに「早く家に帰りたいな」とつぶやく。その顔には不安もあるが、「やっとこれで帰れる」といった安堵感が浮かんでいる。
判決が下された。
終身刑プラス40年
刑の重さよりも、今日このまま家に帰ることが出来ない落胆に暮れるジェシーの顔をカメラが捉えている。「何かがおかしい…」カメラクルーに疑念が湧きあがるのも、この頃からだ。何か、起きてはならないことが起きようとしているのではないのであろうか。

【ダミアンとジェイソンの裁判】
palo6.jpgジェシーの裁判にも見られた言いえぬ違和感は、ダミアンとジェイソンの裁判で加速度を増す。
検察側の証人として、オカルト専門家のデイル・W・グリフィス博士が証言する。「悪魔信奉する若者の多くは、黒く髪を染め、黒い服をや黒いマニキュアを塗る」と。この理屈からいくと、世界中のメタル愛好者やゴス愛好者は全て悪魔信奉者ということになってしまう。また、ダミアンの部屋から押収された魔術関係の本についても言及される。「“悪魔”に関する項目に、赤いアンダーラインが引かれている」。その本は図書館の本であり、そこ以外にも多数の人間によって書かれたメモやアンダーラインがあるのにも関わらず、「“悪魔”の項目に線を引いたのはダミアンである」という決め付けで証言がされる。これに対し、弁護団は非常に簡単ではあるが、決定的な質問をこの博士にぶつける。「博士号を取ったコロンビア・パシフィック大学では、どんな授業を受けられたのですか?」と。この簡単な質問に答えることが出来ない博士。それもそのはず。この博士は、通信販売で博士号を買った自称博士にしか過ぎないのだから。
続いてダミアンに対し、名前を改名した由来を質問する検察。ハンセン病患者救済に生涯を捧げたカソリックの聖人ダミアン神父から取ったことを説明するダミアンだが、検察は「悪魔教とは関係がないのか?」としつこく追求する。そう。この田舎町の住人にとって、“ダミアン”といえば『オーメン』しか浮かばないのだ。
悪魔信奉の証拠としてダミアンの部屋から押収された物の中には、メタリカやメガデスのCD、スティーヴン・キングの本までもある。アメリカだけでも何百万本も売れているベストセラーであるのに。しかし、それらの証拠以上に決定的だったのは、ダミアンがウィッカといわれる白魔術を研究していた事実である。ダミアンの姉が「皆がもっとウィッカのことを調べてくれれば…」と訴えるが、自然を愛することを目的としたウィッカであっても、キリスト教の教えが絶対であるこの街では、ダミアンは邪教信者としか見られない。ダミアンはカメラに向かい呟く。「人は自分に理解できないものを破壊しようとする。ウエストメンフィスは、まるで第二のセイラムみたいだね」と。セイラムとは、1692年に200名近い村人が魔女として告発され、19名が処刑、1名が拷問死、5名が獄死という悪名高き魔女狩りを行った、マサチューセッツ州の村の名前である。
検察の追及に対し、ダミアンはいたって冷静に、言葉を選びながら坦々と答え続ける。彼のこの大人びた冷めた態度が、より一層この街の大人たちを苛立たせるのであろう。ダミアンはただ他の少年よりもほんの少しだけ早く大人になってしまっただけなのに。変わり者を集団で攻撃しようとする多数派から身を守る為に、黒の衣装に身を包んでいただけなのに。そんなダミアンに、年齢以上に幼いジェイソンは憧れに近い想いで一緒にいただけなのに、彼らへの攻撃は止むことがない。一人の青年が、鑑別所時代にジェイソンの口から犯行を認める告白を聞いたと出廷する。その告白を聞いたという日から半年以上も黙っていたのにも関わらず、突然の出廷だ。ほとんど面識のない青年に対し、人見知りの激しいジェイソンがそんな告白をしたのであろうか?LSDの常習者であり、彼が通っていたセラピーのカウンセラーが「彼の証言は私が話した事件の概要を基にしたウソの証言です」と語っているというのにだ。ダミアンが「男の子達を殺した」と公園で話しているのを聞いたという証人の少女達も現れるが、彼女達はダミアンが「殺した」と言ったとされる会話の前の流れも後の流れも一切聞いていなく、それを聞いた時のダミアンとの距離も曖昧なのに、「殺した」と言った事だけは何故か明確に覚えている。唯一の物的証拠としてダミアンらが住むトレーラーパークの近くにある湖の中から発見されたナイフが提出されるが、彼らの逮捕から半年近くも経ってからの捜索にも関わらず、わずか一時間ほどで見つかった誰のものとも分からぬナイフにどれだけの説得力があるというのだ。常識で考えても説得力が皆無の証拠ばかりであるというのに、裁判は彼らに不利な方向に動いていく。

【殺害現場】
palo7.jpg法医学者は、被害者のクリストファー・バイヤーズが性器を切り取られている点について、特殊な技能を持たない一般人が暗い深夜の森の中で切断を行うのは非常に難しいと述べる。振り返って考えていただきたい。被害者の三人は全て激しい暴行と拷問を受け、著しい失血をしている。しかし、殺害現場とされる森の中には、被害者の血液が発見されていないのだ。ダミアン、小学生一人抱えるのも難儀しそうなか細い体をしたジェイソン、知的障害を持つジェシーの三人は、闇に包まれた森の中で非常に手馴れたやり口で小学生三人を捕らえ、拷問し、性器を切断し、現場に血液一滴も残さないまでに掃除をして去ったのであろうか?それとも、殺害現場は発見現場と違う場所だったのであろうか?
一般の映画であれば、事件の根本から覆しかねない大転換期である。観客はこれから訪れるであろうハッピーエンドを胸に描き始める展開であるはずである。そもそもこの事件は、ジェシーの「ダミアンたちと森で小学生を殺した」という証言でのみ成り立っているのだから。常識的に考えれば、この犯行を行えるのは、土地勘があり、被害者三人を警戒心を与えず殺害場所へ連れて行くことが出来、殺害後に発見現場まで移動できる移動手段を持つ人物ということとなる。それは、ダミアンら高校生か?それとも、別の大人か?
しかし検察は一向に動じることはない。最初に映し出される現場ビデオを見る限り、ぬかるんだ発見現場を保全することなく多数の捜査員が現場を踏み散らしている様子が伺える。これでは、犯人の足跡も、被害者の足跡も全て台無しになってしまう。警察に対する疑念はこれだけではない。事件発生からダミアンら逮捕までの経緯が非常に不自然だ。まるでダミアンらが犯人であると最初から決めてあるかのごとく、事件発生後間もなく証言を導きやすい知的障害を持つジェシーを逮捕し、希望通りの自供を得てダミアンらを逮捕したように見えて仕方がないのだ。被害者らが行方不明となった夜、発見現場からさほど遠くないレストランで、全身に返り血を浴びたかのような黒人がトイレに立て篭もり警察を呼ぶ騒ぎになったのだが、通報で駆けつけた警官は管轄外を理由に尋問をするどころか、レストランの中にすら入ることはなかった。さらにこのトイレで採取された血液サンプルを紛失までしている。まるでダミアン以外に犯人がいる可能性を真っ向から否定しているようではないか。この小さな町で黒い服に身を包み、冷めた態度で世間を捉えていたダミアンは、札付きの不良としてかねてから地元の少年保護係官に目をつけられていた。補導歴も非行歴もないダミアンは、ヘヴィメタルを聴き、ホラー映画を好んで観る少年ということだけで、100マイルも離れた場所で起きた殺人事件の容疑者として取り調べも受けたことがあるという。
根本を覆しかねない問題がもう一つ。宗教的儀式による殺人事件として扱われているこの事件なのであるが、快楽殺人としての色合いも非常に濃く出ているようにも見える。30〜40代の白人男性によって行われる確率の非常に高い快楽殺人は、性癖と直結している分だけ再犯率が高く、同様の理由で単独犯であることが圧倒的に多い。被害者と顔見知りの場合も多い。被害者らを手際よく縛り上げ、暴虐の限りを尽くし、現場にほとんど証拠を残さないこの事件の犯人にとって、これが初めての犯行ですらないようにも思えてならない。そしてカメラは、一人の男に疑惑の目を向ける。

【ジョン・マーク・バイヤーズ】
palo4.jpg被害者の一人クリストファー・バイヤーズの養父ジョン・マーク・バイヤーズの言動は、撮影当初から異様な雰囲気を醸し出していた。あまりにも克明に殺害状況を現場で語り、容疑者の少年の名前を付けたカボチャを狂喜しながら拳銃で撃ち抜く姿は、悲しみと怒りに暮れる遺族のそれとは一線を画す異様さであった。息子の墓前でクリスマスを祝うバイヤーズの額に、クリスマスツリーの星飾りが悪魔の紋章のような影を落とした瞬間をカメラが捉えてから、この裁判は新たな方向へと動き出す。
クリスマスプレゼントとしてバイヤーズがカメラクルーに贈ったナイフに、血痕が付着しているのを発見。そのナイフは、クリストファーに残されていた傷跡に一致するかのようなギザギザした刃を持つ物でもあった。そのナイフを鑑識に提出した結果、付着していた血痕の血液型が被害者のクリストファーとジョン・バイヤーズのものと一致。証人として召喚され検察の質問を受けたバイヤーズは、息子の身体についていたベルトで鞭打たれた際についたバックル痕はその日に折檻をした際についたものであることは認めたが、ナイフの血痕については「わからない」と貫き、検察も深く追求することはなかった。被害者の中で一番酷い暴行を加えられ性器を切り取られていたクリストファーに最も近い人物であり、日常的に折檻を加えていたことを認め、クリストファーの下腹部に集中的につけられていた傷跡の形状と酷似したナイフを所持し、さらにそのナイフにクリストファーと同じ血液型の血痕が残されているのにも関わらず深い追求を免れたジョン・バイヤーズが、退廷の際に地元警察官とにこやかに談笑する姿を、カメラは逃していない。

【結末】
palo2.jpgダミアンら以外に容疑者がいる可能性を示唆したダミアンの弁護団に対し、ジェイソンの弁護人はダミアンによる犯行を真っ向否定はせずに、依頼人であるジェイソンの無実だけを陪審員に訴えかける。ただでさえ熱心なキリスト教徒ばかりの陪審員にとって、彼らは異端者で排除すべき異物でしかないというのに、さらにこの弁護人同士のチグハグさが陪審員に与えた心証は決して良いものでないことは明らかだ。矛盾だらけの自白の上に成り立ったこの裁判は、矛盾だらけの証人と、物的証拠が皆無のまま陪審員の手に委ねられる。確かに証拠も証言も矛盾だらけだ。しかし、陪審員にとって全く矛盾していない明確な事実があった。新たな容疑者として挙げられたジョン・バイヤーズは毎週日曜日に教会へと足を運ぶ熱心なキリスト教徒であり、ダミアンはヘヴィメタルとホラー映画と魔術を愛好する異端者であることである。
陪審員が下した判決は有罪。ダミアンとジェイソンは、共に死刑を宣告される。傍聴席で胸を撫で下ろすジョン・バイヤーズ。
死刑判決を聞いたダミアンは、悲しげで諦めきった微笑を浮かべながらカメラに語る。「ボクは新しいブギーマンとしてウェストメンフィスで語り継がれるんだろうな。“早く寝ないとダミアンが来るよ!”って。子供たちはベッドの下にボクが潜んでいないか確認をして、眠りにつくんだろうね」と。虐げられた者の悲しい叫びが呪いを生み、罪の意識が怪談や都市伝説を作り出す。

【その後】
palo1.jpg1996年に放映されたこの衝撃的なドキュメンタリーは大きな反響を呼び、社会現象とまでなった。音楽を提供したメタリカは使用料を一切免除。著名人らも彼らを救うべくチャリティコンサートを開催し、“ウェストメンフィスの3人を救え!”と救済運動は全国各地で行われた。
本作は“ダミアンら三人は無罪なのではないか?”という前提で作られている。逆を言えば、有罪となりうる材料を映し出していないとも言える。映像を鵜呑みにすることは非常に危険なことであるし、事実ネット上を調べただけでもダミアンらの犯行を実証するサイト、ジョン・バイヤーズのアリバイを証明し無実を立証するサイトも数多く立ち上げられている。これらは当然の動きであり、事実を解明しようとする行為自体、非常に健全である。しかし、それらを踏まえた上でも、この裁判自体の違和感は払拭できない。日本でも実施が予定されている裁判人制度。習慣や環境の違い、見た目による偏見に陥らず、権威ある人間の言葉に惑わされず、多数派に流されることなく事実の解明に尽くすことが出来るのであれば、この制度はより良い裁判システムを生み出すこととなるであろう。ただし、それらの一つでも欠けてしまえば、その裁判は魔女裁判となってしまう可能性があるのだ。
本作はあらゆる可能性を示唆したまま終わっている。それらは可能性であって、現時点では事実として立証されてはいない。しかし、本作で唯一つ確実なのは、三人の小学生が恐怖と絶望に包まれ無残に殺害されたことである。事実が解明されない限り、彼らは永遠に恐怖と絶望の叫びを上げ続けなければならないのだ。ウェストメンフィスの忌まわしき伝説として。

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本来救わなければならなかったのは、この三人

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2007年03月06日

ボビー (Bobby)

監督 エミリオ・エステヴェス 主演 フレディ・ロドリゲス
2006年 アメリカ映画 120分 ドラマ 採点★★★

未だかつて交際を円満に解消したことがない私でも、街角などでふいに昔の彼女に出会ったりするのは、ちょこっと嬉しかったりもするもの。ただ見かけただけでも、当時の風景や香りなど些細なことまで思い出したりもするのだが、見かけた時に別の男と一緒だったりすると、また問題は別。「やぁ、久しぶりだねぇ。こちらが彼氏さんかい?」なんて、しゃぁしゃぁと声を掛けれる大人になりたいものですが。

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【ストーリー】
1968年6月。悲劇的な死を遂げたジョン・F・ケネディの弟ロバート・F・ケネディは、次期大統領候補として圧倒的な支持を受け、ロサンゼルスのアンバサダーホテルにやってくる。しかし、そこで彼を待ち受けていた運命は…。

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泥沼化するベトナム戦争と人種問題で国内外が荒れ狂っていた60年代末のアメリカを忠実に再現することで、建前が全く機能していないイラク戦争の泥沼にはまり、急激に右極化が進むアメリカに警鐘を鳴らす一本。
ジョン・F・ケネディ暗殺事件を扱った『JFK』と大きく異なり、“誰が?何の為に?”という暗殺事件自体を掘り下げる作品ではなく、現代のアメリカ人にも通ずる外見を気にするあまり内面を見失っていく人々や、立ちはだかる人種の壁に苦しむ人々の姿を映し出すことで、当時の状況と現代のアメリカが抱える問題を明確にし、そんな彼らに大なり小なり希望を与えていたロバート・F・ケネディを失った悲しみ、そしてその命は失えど、彼の言葉と意思が遺した僅かながらの希望を描き出す。しかしながら、“見事に描き出す”とは言い切れない浅さも。群像劇として多数の登場人物が入り乱れ多くのエピソードを擁する本作だが、120分というランニングタイムに収めるにはやや多過ぎで、一つ一つのエピソードの印象が薄い。名前を挙げるだけでレビューが埋まりそうなほど数多く登場する大物スターらも、「やぁ!」と登場しこちらの驚きが収まらない内に「じゃぁね!」と退場してしまうので、キャラクター自体も印象が薄くなってしまっていることも。
だが、エピソードの積み重ねがメインのテーマを上手に浮き彫りにしないとは言っても、クライマックスでサイモン&ガーファンクルの“サウンド・オブ・サイレンス”をバックに語られるローバート・F・ケネディの演説は、強く胸を打つ。確かに理想論であり現実味も薄いのだが、「本当にそうなればいいなぁ」と小さな希望の火を灯すだけの力強さを持っている。

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タカ派に押されっぱなしのリベラルを鼓舞するかのような本作を撮る為に、7年の月日を費やし、私財をも投げ打ったエミリオ・エステヴェス。技巧にこだわるのではなく、あくまで題材を重視する姿勢は『ウィズダム/夢のかけら』の頃から変わっていないが、いくら口髭を蓄えようが隠せない童顔も『飛べないアヒル』の頃から変わっていない。そんなエミリオの姿勢に感銘を受けたのか、“頑張れリベラル”の声に反応しちゃったのか、やたらと顔ぶれが豪華な本作。相変らず自分だけが気持ち良さそうな『M:i:III』のローレンス・フィッシュバーン、今回は誰も食べないが存在感で他者を食う『M:I−2』のアンソニー・ホプキンス、強気の役だが相変らず捨て犬の瞳をした『セルラー』のウィリアム・H・メイシー、大統領絡みの作品でよく観る気もする『デッドゾーン』のマーティン・シーンも、もちろん息子のバックアップに登場。

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かつてはたまらなく美しかったのだが、時の流れの残酷さを痛感させるヘレン・ハントやヘザー・グレアムらを前に、有り余る若さをギラギラと見せつけるファイナル・デッドコースター』のメアリー・エリザベスウィンステッドとリンジー・ローハン。ホビットか人肉喰いという極端な役柄に個性を発揮する『シン・シティ』のイライジャ・ウッドに、この役はチャーリーにやらせた方が良かった気もするが、それじゃぁ同じ顔が三人も揃っちゃうのでアレだと思ったのか、『マインドハンター』のクリスチャン・スレイターまでも登場。

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コンスタンティン』のシア・ラブーフや、かつての恋人とその夫を出演させるエミリオの懐の深さに感心するも、あてがわれたのが麻薬の密売人という微妙な役柄だった『バタフライ・エフェクト』のアシュトン・カッチャーら大物ばかりの本作だが、鑑賞後一番印象に残ったのが、誠実さ溢れる透き通った笑顔が印象的な『レディ・イン・ザ・ウォーター』『ポセイドン』のフレディ・ロドリゲス。今回は片腕だけが異様に太いとか、「地図!」と呼ばれることもない非常に真っ当な扱い。
まぁ、もちろん好印象って意味ではフレディ・ロドリゲスに軍配が上がるが、クライマックス以上にスリリングだった静かな対決を見せるシャロン・ストーンとデミ・ムーアの圧倒的な存在感に霞んでしまうのは、言うまでもなく。

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まさかまたこの顔合わせが観れるとは

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2007年03月03日

ハード キャンディ (Hard Candy)

監督 デヴィッド・スレイド 主演 パトリック・ウィルソン
2005年 アメリカ映画 103分 サスペンス 採点★★

「どーせ、男なんて若い娘の方が好きなんでしょ?」と言われることがあります。はい、そーです。80歳よりは、18歳の方が好きです。

【ストーリー】
14歳の少女ヘイリーと出会い系サイトで知り合った、写真家のジェフ。彼女と意気投合し自宅へ招いたジェフだったが、彼女の作ったカクテルを飲んだ直後に昏倒。目を覚ましたジェフは、椅子に縛られ自由を奪われていることに気付く。そんなジェフに、ヘイリーはジェフの家まで来た恐るべき本当の理由を語りだす。

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日本で起きた事件を基とした、密室サスペンススリラー。なんとなく『ソウ』っぽいのは、製作がライオンズ・ゲートだからか?
ネット上における未成年の少女を表すスラングがタイトルに付けられた本作の、あどけないフリをして、したたかに狼を追い詰めた赤ずきんの如くロリコンの男をいたぶる状況設定と大まかなストーリーライン自体はそれなりに面白いのだが、二人きりの密室劇である本作の緊張感を保つ為とはいえ、多用されるアップと安定感のない映像処理らが非常に単調で、中盤以降は明らかにダレる。そもそも“ロリコンは全て犯罪者、ロリコンは変態”と決め付けた設定で繰り広げられる展開にいまいち説得力もなく、鍵となる行方不明となっている少女とヘイリーの接点が不明瞭な為、ヘイリーの動機が“変態のロリコンから全ての少女を救う為”というよりは、ただのウサ晴らしに見えてしまうことも。
中盤に盛り込まれた去勢を巡る一連のシーンに話題が集中したが、真実を聞き出すための拷問の意味もなしてなく、その後の展開とも絡んでいないことも全体の印象がチグハグに受ける一因に。演出力不足からか、さほど痛点を刺激しないのも芳しくない。ラストに真実が語られるが、それで全てがストンと落ちない脚本の弱さが、何よりも痛い。

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ギャラ順で扱いの大きさが変わってしまい、メインキャラ以外の面々が小粒な印象となった『X-MEN:ファイナル ディシジョン』で粒の一人だったエレン・ペイジに、子供特有の残忍さや小悪魔的魅力を全く感じられないってのが敗因の一つなのであるが、“いい人面してても中身は変態”を表現したかったのは分かるが、それでもあまりにパトリック・ウィルソンは二枚目過ぎ。眉毛から下と上では、まるで別人かのようなハゲ具合が気になりますが。まぁ、その辺も眉から下のアップを多用する一因なのか。

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宮○馳さんも気をつけないと

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2007年02月07日

バタリアン5 (Return Of The Living Dead:Rave To The Grave)

監督 エロリー・エルカイェム 主演 ジョン・キーフ
2005年 アメリカ映画 95分 ホラー 採点★

確かに、あまりに臭い物とか不味い物って、それがどんだけの物なのか充分に分かっているはずなのに、ついついもう一度臭いを嗅いだり口に入れたりしちゃうもんなんですよねぇ。友達があまりの不味さに涙を流しながら食べてるものも、「どれどれ」と。結局、「ホントに不味い!」と、こっちまで涙を流す羽目になるのに。バカなんですね

【ストーリー】
伯父の隠し部屋で“トライオキシン5”と書かれたドラム缶を発見したジュリアン。それが何なのかさっぱり分からないジュリアンはコーディに分析を頼むが、コーディはそれがドラッグに転用出来ることを発見し、売りさばいてしまう。案の定、町中ゾンビだらけになって、大変でした。

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えらく久しぶりに復活した“バタリアン”シリーズの最新作。前作『バタリアン4』とまとめ撮りのようで、同じスタッフ・キャストが集結。もちろんハズしまくるギャグとスカスカの中身は相変らずで、ゾンビ禍を一度は克服したという設定の『バタリアン4』から連続している世界のはずなのに、まるで生まれて初めてゾンビを見たかのような学習能力のなさも、変わらない。“ゾンビがパーティーで大暴れ”という、いくらでもバカになれるストーリーだというのに、そこだけはバカになれない中途半端さも腹立たしい。肝心のゴア描写も後頭部をかじるしか芸がなく、唯一の売りであるタールマンも、道端に突っ立ってヒッチハイクをしているだけという、これを「面白い!」と思ったスタッフの神経を疑ってしまう扱い。まぁ、オッパイだけは盛大に出てくるのが救いですが。

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前作『バタリアン4』で、ビックリするほど心のこもっていない演技を披露したピーター・コヨーテは、今回もビックリするほど心がこもっていないのだが、出番が少ないのがせめてもの救い。生活も懸かっていますでしょうし。あとは前作と同じような顔ぶれが揃ってるんですが、全くと言っていいほど印象に残らず。まぁ、肝心のゾンビすら印象に残らない作品なので仕方がないのですが。強いて言えば、前作から続投のメガネ娘エイミー=リン・チャドウィックが、ちょっとカワイイかなぁと。今回はメガネをしてないので、台無しなんですけどね。

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タールマンを出してもお手上げ

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2007年01月17日

ハイテンション (Haute Tension)

監督 アレクサンドル・アジャ 主演 セシル・ドゥ・フランス
2003年 フランス映画 91分 ホラー 採点★★★★

未成年による事件が起こる度に取り沙汰される、ホラー映画とゲームが及ぼす悪影響。その当事者の人格や、そんな人間に育て上げてしまった親の責任、センセーショナルな報道で模倣犯しか生み出すことのないメディアの問題をそっちのけに、「キー!ゲームが悪いんざます!ホラー映画が悪いんざます!私が悪いんじゃないざますー!」と騒ぎ立てる始末。そのゲームを買うお金は、誰が出したんだい?私自身ホラー映画が好きなので、ホラーを擁護したいのはやまやまだが、そりゃぁ一日中10年間もぶっ通しで他者と深い関わり持たずにホラーを観続けてりゃ、誰かを殺したくもなる。まぁ、勉強だって恋愛だって、のめり込み過ぎれば同じような結果を生むんですが。

【ストーリー】
都会の喧騒から離れ試験勉強に没頭する為、親友のアレックスと共に彼女の実家を訪れたマリー。しかし、到着するや否や謎の中年男が現れ、アレックスの家族を惨殺。アレックスも連れ去られてしまう。彼女を救い出すため殺人鬼の後を追うマリーだったが…。

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大体ネタバレしている方向で。
「一体どんなジョギリが出るのか?」とワクワクするも、“放射能実験で奇形&食人化した殺人鬼”がNGワードに引っかかってしまい、日本公開どころかDVD発売すら危ぶまれているリメイク版『サランドラ』のアレクサンドル・アジャ監督作。放射能で巨大化したトカゲは名産なのに。
全身がこわばってしまうほどの緊迫感を一瞬たりとも緩めず見せ切る力量が、まず見事。非常に効果的な音の使い方や、『サンゲリア』や『ビヨンド』などフルチ一連作でも知られるジャンネット・デ・ロッシの痛点を刺激する凄惨な特殊メイクも、でしゃばり過ぎて作品のバランスを崩すようなこともなく、作品に溶け込んでいる。MUSEの“New Born”の使い方もカッコいいですし。非難の多い“殺人鬼は実は○○○”も、確かに乱暴な大技ではあるし、「最初の生首はいつの被害者だ?」「そもそもあのトラックは、どこから乗ってきたんだ?」と、考えれば考えるほど致命的に辻褄が合わなくなるのも事実。しかしながら、冒頭の夢や、シャワー姿を見つめる表情とその後の自慰行為など随所にオチへ繋がるヒントは散りばめられているし、霧の立ち込めた森自体が幻想をイメージさせている。また、“一途なあまり歪んだ愛情”をスパイスに、“逃げる・追う・殺す”以外をとことん削ぎ落としたソリッドな世界に理屈が入り込む余地はなく、いくら揚げ足を取ろうが画面からみなぎる異常なまでに高い緊張感に身体が反応してしまった時点で、この映画の成功が決定付けられる。照れ隠しのように“笑い”へと逃げることなく、緊迫と恐怖とアンチモラルを追求する姿勢も、高い評価に値する。

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で、序文の続きなのだが、そもそも“性衝動”と“暴力衝動”は人格形成期において無視することも切り離すことも出来ない要素。襲い来る衝動と向き合い、消化して、取り込んでこそ大人になれると言っても過言ではない。しかし、それらの衝動に対処する手助けともなるものが、次々と封印されている。最もその衝動が激しく、はけ口を必要としている思春期をピンポイントで狙ったR−15のように。それどころか、その衝動自体が悪しきものと考えられる風潮になりつつもある。もうここまで来ると、『キャリー』のお母さんや、子供が自分には理解出来ない力を見せ始めたのでさっさと施設へ送り込む『X−MEN』の親達と変わらないような気も。“無菌室育ちは雑菌に弱い”。社会全体が無菌室へと向かう中で育つ方が、何かと怖い気もするんですが。
確かに映画が与える影響は大きい。充分、引き金になり得る力を持っている。しかし、0からいきなり100にするまでの力はない。『悪魔のいけにえ』を観てチェーンソーを手にする子供は、教育番組の木こりの姿を観てもチェーンソーを手にするだけの臨界点に達している。そこに達するまでに、何度もサインを送っていたのだろうに
なんか、すいませんねぇ。映画のレビューなのに辛気臭い話になっちゃいまして。次はちゃんとレビューを書きます。

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こう見えても、みすぼらしいオッチャン

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2006年12月31日

ファイナル・デッドコースター (Final Destination 3)

監督 ジェームズ・ウォン 主演 メアリー・エリザベス・ウィンステッド
2006年 アメリカ映画 93分 ホラー 採点★★

“ドゥーム”など一人称視点のゲームでさえ5分もやれば瞬く間に酔ってしまうガラスの三半規管を持つ私にとって、遊園地はまさに苦行場。恋人同士が「アハハ、ウフフ」と楽しむコーヒーカップでさえ、私には地獄への片道切符に。そんな臨死体験場とも言える遊園地の乗物の中で意外と平気なのが、ジェットコースター。あんまり回りませんし。人に言わせれば、先頭に座っている割に「ワー、キャー」騒ぐわけでもなく、ひたすら前を見つめている私はあまり楽しそうには見えないそうですが、そんなことはないですよ。ただどうにも、ジェットコースターの先頭に乗ると、無条件で頭の中に“デンジャー・ゾーン”が大音量で流れ出してしまうので、ついついエースパイロット気分になってしまうだけで。

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【ストーリー】
高校の卒業イベントで遊園地にやって来たウェンディは、仲間達とジェットコースターに乗り込むが、悲惨な事故が起きる予知夢を見てしまい騒ぎ出した為、仲間と共に降ろされてしまう。その直後、予知夢通り事故が発生。難を逃れたかのように見えたウェンディらだったが、死の運命からは逃れられないかのように、仲間が次々と無残な死を遂げていく。

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こっちからボールを転がすと、あっち行ってこっち行ってドミノが倒れてクルクル回って旗がピュっと昇る、あまりに凄すぎて腹が立つことさえあるピタゴラスイッチ。そんなピタゴラ惨殺シーンが満載だった『ファイナル・デスティネーション』。「なんとか死神を誤魔化してやる!」という気概は薄くなってしまったものの、惨殺シーンだけは格段とパワーアップしていた第2作目の『デッドコースター』も、そこそこ楽しめる作品に。で、この第3弾であるが、実も蓋もない言い方をしてしまえば、『ファイナル・デスティネーション』に『デッドコースター』を足して3で割ったような作品に。まぁ、タイトルに偽りなしです。
“主人公が事故の予知夢を見て騒ぐ”→“みんな助かる”→“でも一人ずつ死ぬ”→“死に方や死ぬ順番の手掛かり発見”→“でもなんの役にも立たず”というお約束事だけはシッカリと守られている作品であるが、お約束事以外は何も起きない作品でもある。相変らずよく練られたピタゴラ殺人スイッチも、日常的に身近にある安全と思っていたものが凶器に変わる一作目とは趣がだいぶ異なり、不注意にも程がある日焼けサロンだったりDIYショップだったりと、もう一歩間違えなくても普通に危険なお膳立てが整っている為、驚きも少ない。まるで、安全な物をあれこれ考えて凶器に変えていった工夫が面倒くさくなっちゃって、まず結果を最初に考えて逆算的に凶器を選んでしまったかのような無難さが、面白味を削いでしまっている。まぁその分、死に様だけは派手ですが。

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若い子が「キャーキャー」叫びながら死んでいくだけである程度形にはなるジャンルなのではあるのだが、どういうわけか本作の子達は若くない。一応高校生って設定だし、役者もそれなりに若いんだろうけど、皆さん見事なまでの老け顔。「アメリカ人は発育がいいから」という言い訳が効かぬほど老け込んだ高校生たちが「キャッ♪キャッ♪」戯れる姿は、昔のエロ本を見ているかのような如何わしさこそあるものの、あんまり嬉しいものでもない。本年度のお気に入りの一本である『スカイ・ハイ』でもずば抜けて老けていた、シャナン・ドハティを陰干ししたかのようなメアリー・エリザベス・ウィンステッドを主役に据えてしまったが為に、他の役者も老け顔を揃えてバランスを整えたんでしょうか?
作品以上に気になっているのが、通常版とは別に発売される“選べる!死に様マルチ版”とかいうDVD。腹上死とか選べるんでしょうか?だったら、みんな腹上死のパターンで観たいですねぇ。買っちゃった方がもしおられましたら、どんなんだったか教えていただきたいものです。それにしても、一年の最後の記事で“腹上死”を連呼するのは如何なものかとも思いますが、まぁいいか。

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どう見ても親子

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