2008年06月05日

ミスト (The Mist)

監督 フランク・ダラボン 主演 トーマス・ジェーン
2007年 アメリカ映画 125分 ホラー 採点★★★★

この間まで勤めていた職場に、些細なことでイッパイイッパイになってパニックを起こし、ちょっとした事態を大混乱に陥れる才能に溢れた奴がおりまして。そこまでイレギュラーに弱い人間が、ただでさえイレギュラーな事が起きやすい接客業を選んだことを不思議に感じつつイライラハラハラと眺める中、もし大災害なんかの有事が起こった際には、真っ先にこいつの動きを封じなきゃなぁと決意を固める私でしたとさ。

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【ストーリー】
メイン州の田舎町を襲った激しい嵐の翌日、湖上に現れた濃密な霧が徐々に町中を包み込んでいく。そんな中、買い物客でごった返すスーパーマーケットに、一人の男が血塗れになりながら逃げ込んでくる。「霧の中に何かが居る!」。パニックに陥った人々は外へと逃げ出すが、霧に潜む何物かに襲われ、絶叫と共に霧の中へと消えていく。恐怖に襲われた残った人々は店内に篭城をするが、恐怖は店内にも潜んでおり…。

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スティーヴン・キングの傑作中篇“霧”を、今では『ショーシャンクの空に』『グリーンマイル』『マジェスティック』と感動ヒューマン作を撮る監督として名を知られているが、元々は『ブロブ/宇宙からの不明物体』『ザ・フライ2/二世誕生』などの傑作怪物映画を書いていたフランク・ダラボンが見事に映像化した一本。
敢えて書くまででもないのだろうが、『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』はゾンビの恐怖を描いた作品ではない。生ける屍の群れは登場人物を一軒家に追い込み篭城させる為の障害でしかなく、真の恐怖はその状況下で本性を剥き出しにする人間たちの姿である。本作の“霧に潜む何物”かも、部分的にしか現れずその先に何があるのか判らないだけに不気味だった巨大な触手や、そのあまりの巨大さに存在意義や意図が全く見えない奇異な巨象としか形容できない生物にこそ底知れぬ恐怖を感じることが出来たが、姿を明確に現すその他諸々の異界の生物に関しては、想像の範疇を全く超えていない分恐怖を感じるまででもない。まぁ、蚊刺過敏症持ちの私にとっては、あの巨大な蚊は勘弁して頂きたかったですが。しかし、本作において恐怖の対象となるのはもちろんそれら異界の生物ではなく、人間たちである。

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“地元の繋がり”という名の下につるんで陰口を叩くか虚勢を張るかしか出来ない田舎者、何であれ否定をすることで優位を保とうとする弁護士、主張が絵空事の範囲から逸脱しないリベラル、そして“神の名”と“正義”を振りかざし凶行に及ぶ狂信者。この現代アメリカの縮図としてだけではなく、何かにすがらないと生きていけない弱さを持つ人間そのものを描いているとも言える人々が、それぞれの主張を通し互いに交じり合わないばかりに、ボタンの掛け違いが延々と続くかの如くチグハグな行動をとり続け、結果的に事態が悪化するばかりという無情さと愚かさ。それはまるで、薄いガラス一枚を隔てているだけでしかないのにも関わらず、その向こう側とこちら側は別世界なんだと自分に言い聞かせようとする作品中の彼ら同様、ブラウン管や写真の向こう側は自分には関係ないと極めて狭い安全圏に身を置いて安心しきろうとする我々自身をも揶揄しているかのようでもある。

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霧が発生してから極めて早いスピードで物語に突入する本作。状況が飲み込めないまま混乱に陥るその様は、ほぼ原作に忠実である。霧とそこに潜む何物かが発生した因果関係は原作より明確にされてはいるが、情報源が舞台となる店内に限られているので、そのボンヤリ感には大きな違いがない。しかしながら、終盤まで原作どおりに進んでいく本作であるのだが、結末に関してだけは大きく異なる展開を見せる。
“この先どうなってしまうのか?”という、静かだが確実に終末感がひしひしと感じられる結末を迎えた原作。その読後の余韻は、まさに文字の力でしか味わうことの出来ないものであったが、映像としての結末となれば話は別。それまでのスピード感が嘘だったかのようにじっくりとジワジワと進んでいく本作の結末は、原作との大きな差異と救いのない絶望感に賛否が大きく分かれることが容易に想像できるが、ダラボン脚本による映画オリジナルの展開ながらも、キング作品随一の悲劇“ペット・セマタリー”を読んだ後に味わった胸が締め付けられるような絶望感と悲痛さ、そして皮肉めいた運命すら感じられるこの展開は、非常にキング的で見事。愛する息子との約束を守るが為に、そしてこの先に待ち構えるであろう悪夢に終止符を打つために最も辛く絶望的な選択をした父親と、僅かな希望を感じるまでもなく我が子の為に身を投げ出した母親が一線に並ぶその一瞬は強烈。

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幼い息子との心の繋がりを強く感じてはいるものの、その愛する息子が助けを必要としている一瞬に限って側にいない父親には、『ドリームキャッチャー』でもキング作品に主演し、なんだかハイランダーな人っぽくなってきたトーマス・ジェーン。その頼り甲斐はあるんだがイマイチ信用しきれない風貌が、作品に良い不安定さを与えているとも。
その他にも、マーガレット・ホワイトもかくやと言わんばかりの迫力とベクトルの狂いっぷりを披露する『アメリカン・ドリームズ』『臨死』のマーシャ・ゲイ・ハーデン、『サイレントヒル』でも霧に囲まれていたローリー・ホールデン、風貌とは裏腹に一番頼りになる人間だったトビー・ジョーンズ、『ファンタスティック・フォー:銀河の危機』同様高い所からの物言いなアンドレ・ブラウアーら、非常にいい顔ぶれが揃った本作。しかしながら、それらの顔ぶれ以上に本作に大きな影響を与えたと言えるのが、トーマス・ジェーンの息子役で、バットマンの新作『ダークナイト』でゲイリー・オールドマンの息子役としても出演するネイサン・ギャンブル。もう、その愛くるしさは反則。『ペット・セメタリー』のミコ・ヒューズもそうだったのだが、“如何に可愛いか”を散々描いているからこそ、結末の衝撃度も上がるというもの。あれがクリント・ハワードのような風貌だったら、そこまで胸を打ったかどうか。

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誰にも渡したくない

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posted by たお at 01:36| Comment(12) | TrackBack(52) | ★★★★(満足!) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月26日

プラネット・テラー in グラインドハウス (Planet Terror)

監督 ロバート・ロドリゲス 主演 ローズ・マッゴーワン
2007年 アメリカ映画 105分 ホラー 採点★★★★

映画代が高い!1800円は高過ぎる!サービスデイやらで安くなったりはするが、それでも高いものは高い。1800円もあれば、それなりに腹一杯に食べれますし。1000円かそこらで2本立て3本立てを観ていた頃は多少つまらない映画でも「今日はハズレを引いちゃったなぁ」で諦められたものの、1800円も払って1本しか観れないシネコンが主流の今では、つまらない映画なんて観てしまったら心底腹も立つものです。道理で最近は冒険をする必要のない無難な映画ばかりが上映されるわけですねぇ。

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【ストーリー】
秘密裏に開発されていた生物化学兵器が軍の基地から漏れ出し、人々がゾンビと化す。そのゾンビに襲われ右脚を食いちぎられたゴーゴーダンサーのチェリーは、失われた脚にマシンガンを装着。襲い掛かるゾンビに立ち向かうのであった。

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60年代から70年代に血と暴力とエロに塗れた映画ばかりを数本立てで上映していた当時の映画館の雰囲気を存分に楽しめる、『シン・シティ』のロバート・ロドリゲスによる一本。
併映のタランティーノによる『デス・プルーフ in グラインドハウス』と同じ世界を舞台にした本作は、『デス・プルーフ in グラインドハウス』同様に、映写機のピンボケやフィルムの傷など当時を再現する遊び心に溢れている作品であるが、タランティーノが数少ない見せ場で一本の作品に引き伸ばした結果生まれた、70年代B級映画特有の隙間やダレ場やアナログ感を巧みに再現したのに対し、ロドリゲスは「これでもか!」と詰め込んだ見せ場と過剰にやり過ぎた演出、それでいてそれなりにダレるこれまた70年代B級映画特有のヤケッパチさを、デジタルを巧みに駆使して見事に再現した本作。もう、素晴らしく下品。“ゴーゴーダンサーがゾンビに喰いちぎられた脚にマシンガンを装着して戦う”と、物語を要約しただけでも魅惑の下品ワードが散りばめられているというのに、それを一字一句そのまんま映像化しちゃってるので、もう堪らない。血と膿が盛大に飛び散り、身体は八つ裂きにされ、至る所で派手に爆発が起きる本作の下品さは快感を覚えるほど。ストーリー上は重要であるが、あったらあったでまどろっこしい人物描写の部分をごっそりフィルムごと失くしてしまう徹底された下品さも素晴らしい。
相変らず監督・脚本・撮影・編集をロドリゲスが兼任する、ちょっとした自主制作映画である本作。自分ん家で作っているようなもんなので、当然の如く自分の息子も出演しているのだが、その息子の扱いがこれまた素晴らしく下品でしたねぇ。

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フィルモグラフィにもオフでの話題でも、およそ“お上品”という言葉は似つかわしくないローズ・マッゴーワン。彼女が脚にマシンガンを装着するって時点で本作の成功は約束されたようなものだが、片脚がマシンガンってのがここまで似合う女性も珍しい。そんな彼女同様、『デス・プルーフ in グラインドハウス』から引き続きマリー・シェルトンとマイケル・パークスが同じ役柄で登場するが、本作は新顔組が素晴らしい。撮影中にふらりと遊びに来たかのような仕事振りのブルース・ウィリスはさておき、『ボビー』『レディ・イン・ザ・ウォーター』のフレディ・ロドリゲス、80年代に消費され尽くされた感も強いマイケル・ビーン、個人的にこのお方の話題で3時間は居酒屋で盛り上がれる人と是非ともお友達になりたいトム・サヴィーニと、非常にこってりとした顔ぶれが魅力的な本作なのだが、その中でもジョシュ・ブローリンが素晴らしい。ジェームズ・ブローリンを父に、バーバラ・ストライサンドを義母に、更にはダイアン・レインを妻に持つ羨ましいにも程がある彼だが、『グーニーズ』のお兄ちゃんが大きくなったらニック・ノルティになってしまったかのような、70年代特有の無骨な顔立ちが本作にピッタリ。医者にだけは見えませんが。
で、タランティーノ。『デス・プルーフ in グラインドハウス』では脳内天国を実現し一人嬉しそうだったタランティーノであったが、今回は愛して止まない『サンゲリア』の名シーンである眼球串刺しを体験できて、またもや心底幸せそうで。結局“グラインドハウス”ってのは、まずはタランティーノを幸せにするってのが前提の企画なんでしょうが、そのおこぼれであっても全然楽しいので、是非とも毎年一本ずつ作っていただければと。『マチェーテ』あたりから。全裸の美女らに囲まれウハウハしているトレホさんなんて、そうそう観れるもんじゃないですし。

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アッシュと組めば最強のカップルに

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posted by たお at 02:57| Comment(12) | TrackBack(48) | ★★★★(満足!) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月13日

バンテージ・ポイント (Vantage Point)

監督 ピート・トラヴィス 主演 デニス・クエイド
2008年 アメリカ映画 90分 サスペンス 採点★★★★

“真実はひとつ”とは言いますが、あくまでそれを受け取る人ひとりにつき一個なわけで、10人いれば10通りの真実があると言えるんでしょうねぇ。まぁ、もちろんそれぞれの真実に白が黒に変わるほどの劇的な違いはないにしろ、受け手の生い立ちや性格、見た角度や気分によって、ちょっとした違いが生まれるんじゃないでしょうか。

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【ストーリー】
スペインで開催されたテロ撲滅の国際サミットで、大観衆を前にスピーチを始めようとしていたアシュトン米大統領が何者かに狙撃をされる。爆発事件も同時に発生し大混乱に陥る中、シークレットサービスのトーマスは、会場に居合わせた様々な人物の証言をもとに犯人探しに奔走するが…。

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8人の目撃者の、それぞれ異なる視点から大統領狙撃事件の真相に迫るサスペンス。
それぞれの人物の視点によって印象が大きく変わる羅生門スタイルを目指したようだが、中心となる人物が変わったところで然程印象は変わるわけでもなく、見える範囲の違いからだんだんと物語の全容が明らかになる、どちらかといえば昔流行ったザッピングスタイルに近い一本。その大きく印象の変わることがないシークエンスを何度も繰り返される中盤にはさすがに飽き飽きとさせられるのだが、物語が大きく動き始める中盤以降のダイナミックな展開は見事。膨大なカット数や、群集が逃げ惑う中で行われるカーチェイスなど、明らかに『ボーン・アルティメイタム』の影響下にある本作だが、『エグゼクティブ・デシジョン』や『007/カジノ・ロワイヤル』などのスチュワート・ベアードの編集の手腕もあって、高い臨場感を生み出している。物語構成もなかなかのもので、登場人物が一堂に介すクライマックスには、胸躍る映画的快感を味わえたもので。
それぞれの人物を主演にしてもそれなりに小粒のアクションサスペンスが出来上がりそうな内容だというのに、それが8人分集まった割りに印象は小粒のままだったり、実行犯グループの全容や加入するまでの流れが不鮮明だとか、色々と腑に落ちない点が多かったりと不満も少なくはないのだが、同じ時間軸の中で見れることだけに注力したストイックさ故のものと考えれば、特には気にならない。テロに対し力だけで立ち向かっても解決しないという主張にも、好印象を。

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アメリカン・ドリームズ』では守られる立場であったデニス・クエイドは、本作では守る側のシークレットサービスを好演。全盛期のハリソン・フォードが居たポジションに収まった感もある彼だが、最近の線も印象も細い若手俳優にはない、極太ペンで描いたような力強い顔立ちは、まさにスクリーン向き。本作ではトラウマを抱えた役柄ということもあり、いつもの輝きまくった笑みが見れないのは残念であったが、その存在感、力強さは大勢のキャラクターが行き来するを中央でビシリと締めるだけのものが。そのデニス・クエイドと並ぶと、線の細さが非常にTV的で印象が弱くなってしまうマシュー・フォックス。“LOST”を観ているわけでもないので、劇場を後にするとすっかり印象があやふやに。まぁ、微笑みながら立っているだけで哀愁漂う『ラストキング・オブ・スコットランド』のフォレスト・ウィッテカーに、扱いはスペシャルゲスト並ながらも、状況を左右してしまいそうな圧迫感を放つ『ヴィレッジ』のシガーニー・ウィーヴァー、『小さな目撃者』でも救急車で大変な目に遭っていたウィリアム・ハートや、『ボーン・アルティメイタム』であのジェイソン・ボーンを追い詰めたエドガー・ラミレスに、“ハンサムで金持ち”って役柄だけでトム・クルーズが食いついた『オープン・ユア・アイズ』のエドゥアルド・ノリエガらに囲まれれば、どんなに重要な役柄であっても印象が薄くなるのも仕方がないのかも知れませんが。

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既にトリックがプラプラしてる

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2008年02月29日

デス・プルーフ in グラインドハウス (Death Proof)

監督 クエンティン・タランティーノ 主演 カート・ラッセル
2007年 アメリカ映画 113分 アクション 採点★★★★

『溶解人間』とか『ジャイアント・スパイダー大襲来』とか大好きです。もちろん顔がドロドロと溶ける様や、台車に乗っかったでっかいハリボテから人々が笑いながら逃げ惑う様を見るのが好きってのもありますが、時間も金もなく、そして何よりも才能にも恵まれなかった映画人が、華やかさとは縁遠い現場で僅かな望みとヤケクソにまみれながら撮り上げた故に色濃くフィルムに刻まれた、どんなに頑張ってもこうなってしまうある種の遣る瀬無さが大好きなんですよねぇ。

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【ストーリー】
耐死仕様に改造した愛車で夜な夜な若い娘を血祭りに上げていた、スタントマン・マイク。次の獲物に彼が選んだのは、映画関係者の美女4人組であったが…。

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60年代から70年代に血と暴力とエロに塗れた映画ばかりを数本立てで上映していた当時の映画館の雰囲気を復活させようと、クエンティン・タランティーノが作り上げた一本。『シン・シティ』のロバート・ロドリゲスによる『プラネット・テラー in グラインドハウス』を併映に、たっぷりとフェイク予告編を挿入した本来あるべき姿で鑑賞した訳ではないので暫定的な感想とはなってしまうのだが、独立した作品として再編集された本作もなかなかに面白い。
もともと私自身は、金にも時間にも才能にも恵まれなかった映画人が作り上げた作品群を、金にも時間にも才能にも恵まれた人間が忠実に作るってのは、なんと言うか“アナーキー・イン・ザ・UK”をキング・クリムゾンが完全コピーしたのを聴かされるような、音は完璧だが内なる叫びが全く届いてこない上に鼻につくので、あまり好きではないのだが、本作においては愛して止まないものを撮る為には、作品全体のバランスをも厭わないタランティーノの不器用さもあってか、そんなスノッブな匂いは全くしない。軽快なテンポと生身スタントの迫力を思う存分堪能できる上に、冷酷なはずの殺人鬼がベソをかいて逃げ回るあんまり観たことのない展開が楽しめる後半部が個人的には好きなのだが、傷だらけでシーンもちょくちょく飛ぶフィルムの保存状態の悪さやピントがずれるテクニック面だけではなく、程よい色気とマッタリとしたテンポで眠気を誘いつつ、何で走っている車から手や足を出しちゃいけないのか良く理解できる度肝を抜くショックシーンで一気に眠気を覚ます構成まで忠実に当時を再現した前半部における、ノリにノったタランティーノ演出も楽しい。自前のジュークボックスからお気に入りの楽曲をガンガン流し、大好きな美脚の美女がウヨウヨとたむろするバーは、まさにタランティーノの脳内パラダイス。“タランティーノのオナニー”と言われればそれまでなのだが、これだけ楽しいオナニーなら付き合って損はない。いや別に、ホントにオナニーに付き合うつもりはありませんが

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スタントマンの割には滅法痛いのが苦手っぽいスタントマン・マイクには、『ポセイドン』『スカイ・ハイ』のカート・ラッセル。当初はミッキー・ロークにも話が行っていた役ではあるが、最近ではめっきり少なくなった土と油の臭いが似合うタフさを持ちつつも、狙った獲物に逆襲されベソをかきながら逃げ回り、映画史上稀に見る無様な“ゴメンなさい”を違和感なく披露できる芸幅の広さで言えば、まさにカート・ラッセルは適役。あんなに綺麗に踵落しを決められる俳優ってのも、そうそう居ませんし。
そんなカート・ラッセル以外にも、タランティーノ映画らしく本人を含め錚々たる顔ぶれが揃った本作。『シン・シティ』のロザリオ・ドーソンに『プラネット・テラー in グラインドハウス』と本作の両方に出演するローズ・マッゴーワン、お父さんが女装しているようにしか見えなかったシドニー・ターミア・ポワチエに、お母さんにはなにかとお世話になった『ホステル2』のジョーダン・ラッド、何のために居たのかサッパリ分からなかった『ダイ・ハード4.0』のメアリー・エリザベス・ウィンステッドに、『ホステル』のイーライ・ロス、状況をしっかりと説明だけしてくれるマイケル・パークスとその息子と至れり尽くせりの顔ぶれなのだが、最も強烈な印象を残してくれるのがトレイシー・トムズとゾーイ・ベルの二人。特に、最も画面栄えしなそうな風貌で登場しながらも、身体を動かし始めた途端にとんでもない輝きを全身から発し始めたゾーイ・ベルは絶品。鉄パイプ片手に箱乗りする勇ましさもさることながら、難しいことは得意じゃないが頑丈な身体と真っ直ぐな性格で大体のことはクリアしちゃいそうな佇まいと懐っこい笑顔は、スタントウーマンとして裏方だけに徹するにはもったいない逸材。是非ともジェームズ・キャメロン辺りに使って頂きたいもので。

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これだけで一本観たい

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2008年02月02日

エバン・オールマイティ (Evan Almighty)

監督 トム・シャドヤック 主演 スティーヴ・カレル
2007年 アメリカ映画 96分 コメディ 採点★★★★

動物と子供にだけは大人気のたおです。モッテモテです。大人の女性の方にもモテたいです。切実です。それはさておき、まぁ私自身もそんなに動物は嫌いじゃないので、犬なり猫なりラマなりが尻尾フリフリ近寄ってくるのは悪い気もしないんですが、あんまりにも「ほれ、撫でれ!」「ほれ、遊べ!」と懐かれすぎるのは、ちょっと。片時も私の側から離れないで耳元でびーびーぴゅるると歌っているうちのスズメなんて、正直鬱陶しいですし。

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【ストーリー】
人気TVキャスターから下院議員へと転身を果たした、エバン。新居も手にして全てが順風に思えたエバンだったが、ある日彼の目の前に神さまが現れ「箱舟を作れー!」と命じたから、大変。

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ジム・キャリー主演で大ヒットした『ブルース・オールマイティ』で、ライバルのキャスターであったエバンを主役に迎えたスピンオフ。
鳩がオリーブの枝をくわえて飛んでくるオープニングから、随所に聖書の創世記にまつわる記号が散りばめてはいるが、そんなこと全く知らなくても全然楽しめるお手軽な一本。スケールこそは極端にでかいが、仕事一辺倒のお父さんが壊れてくると、子供は喜び、世間は白い目で見るといういつもの展開と、都合良くかつ安全に発生する大災害など、結局のところは“家族は大事”“自然を大切に”というこじんまりとした物語であるのだが、安心印の物語とソツのない演出も相まって全く退屈しない。最近の口癖が「どいつもこいつもエコぶりやがって!」の私ではあるが、別に自然が嫌いなわけではないので、こういった主張も嫌いではないですし。

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ソツもなければクセもない作品ではあるが、そんな作品でもこれだけ楽しいものに仕上げたのは、やはり出演陣によるものが大きい。
「今から面白いことするから見ててね!ね?ね?面白かった?え?つまらなかった?じゃ、もう一回やるから見ててね!」と、始終画面の向こうから語りかけてくるジム・キャリーが鬱陶しかった前作で、唯一笑えるリアクション芸を見せてくれていた『40歳の童貞男』のスティーヴ・カレル。本作でも、人間だろうが動物だろうが神さまだろうが怯まないリアクション芸を存分に。いやぁ、絶好調ですねぇ。
人間の時の名前が“アル・マイティ(Al Mighty)”さんと、芸の細かい神さまには、前作同様『スナイパー』のモーガン・フリーマン。いつも通りの仕事振りとはいえ、この手の仕事が好きなのか、いつもよりは楽しそうでしたよ。
そんなメインの顔ぶれ以外にも、“量産型ニコール・キッドマン”然とした『キャプテン・ウルフ』のローレン・グレアム、安心印女優の一人『25年目のキス』のモリー・シャノン、人懐っこい笑顔は相変らずだが最近は悪役づいてきた『ジャック・ブル』のジョン・グッドマン、『ホステージ』『ポセイドン』での足手まといっぷりがあまりに見事で“足手まとい・オブ・ジ・イヤー”を進呈したかったジミー・ベネットと、かっちりと作品を引き締める人選もなかなかのものだったが、やはり注目は『スーパーバッド 童貞ウォーズ』のジョナ・ヒル。声と風貌がクリス・ペンを髣髴させていたのだが、本作での間の見事さ、器用さ、漂う貫禄と、最も目が離せない若手の一人と断言できる存在感。期待!

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スズメ一羽でも鬱陶しいのに

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2008年01月29日

28週後... (28 Weeks Later)

監督 フアン・カルロス・フレスナディージョ 主演 ロバート・カーライル
2007年 イギリス/スペイン映画 104分 ホラー 採点★★★★

先日TVで「金持ちなんて奴は、相当運が良いか、悪いことをやってる奴らなんだ!」と言ってましたが、やっぱり真面目やいい人なだけじゃ、世の中生き残れないんでしょうかねぇ?

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【ストーリー】
感染すると凶暴化し他の人間を襲い始める“レイジ・ウィルス”によって壊滅状態に陥ったイギリスも、米軍主導の復興作業により再建の兆しが見えてきた。そしてウィルス発生から28週後、海外に出ていて無事だった姉弟と災禍を生き延びた父親ドンが再会。しかし、死んだと思われていた母親が発見されたことから事態は急変。彼女は感染しながらも発症しない特殊なキャリアであったがために、再びウィルスが猛威を振るい始め…。

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懲りることなく繰り返される人間の暴力と殺戮の歴史を凝縮した“レイジ・ウィルス”によって壊滅状態に陥ったロンドンで、凶暴化した感染者から逃れながら生き延びようとする人々を描いた一本。
「ハロー」の叫びが廃墟となった市街地に虚しく響き渡るオープニングから、軍の拠点で鎖に繋がれた感染者まで、随所に『死霊のえじき』の影響が見られた前作『28日後...』は、走るゾンビ映画の先駆けとしてだけではなく、ゾンビ化した感染者のみが恐怖の対象となるのではなく、感染者は社会や世相を映し出す鑑として、そして主人公らを窮地に陥らせる為の障害物やタイムリミットとしても意味合いが大きい存在として描かれ、真の恐怖は極限状態に陥った人間の狂気に満ちた行動であることを描いた、まさに“正しいゾンビ映画”としてゾンビ映画復活ののろしを上げた重要な一本でもあった。もちろんここで言う“正しいゾンビ映画”とは、“ロメロ型ゾンビ映画”としての正しさですが。好例としては、自堕落な生活を送る主人公らと死者の境目が曖昧となる『ショーン・オブ・ザ・デッド』などが。
その前作では、不条理な状況と狂気に満ちた登場人物に翻弄されながらも、発症までの僅かな時間の内に娘への溢れんばかりの愛情を伝えようとする父親の姿や、他人同士ながらも擬似家族的関係を持つ主人公らの、人と人の繋がり、他者への愛情など、人間の持つ“善の部分”が作品に救いをもたらしていたのだが、その後の日々を描いた本作には、そんなものは全くない

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先の見えない面白さが、日焼け男が大暴れすることで台無しになってしまった『サンシャイン 2057』を撮るので忙しかったのか、前作で監督を務めたダニー・ボイルと脚本のアレックス・ガーランドは一線を退き、『10億分の1の男』で注目を浴びたフアン・カルロス・フレスナディージョが監督と脚本を務めた本作。そのフアン・カルロス・フレスナディージョが見つめる本作の世界は、『エラゴン 遺志を継ぐ者』のロバート・カーライル扮するドンが感染者に襲われる妻を見捨て一人逃げ去るオープニングを始めとして、善行や人間性に溢れる選択が全て最悪の結果を導き出し、善人から片っ端に死んでいく無情さに溢れている。人類を救う為に施されたはずの選択が結果的に更なる災害を巻き起こすだけという、遣る瀬無さだけが残る本作は、全力疾走のゾンビ共にちょっとしたスリルと興奮を味わいたい観客をゲンナリさせること請け合いであるが、世の終わりを描く上でこの選択は非常に正しい。

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その目は目としての役割を果たしておらず、そこからは何も読み取ることが出来ない。そして、その口からは意味ある音は発せられず、延々と地獄の扉から漏れ出す叫びのような音しか発さない。ゾンビにしろ感染者にしろ、姿形こそは人間に似ているが、如何なる感情も交わせず、説得も懇願も聞き入れられず、ただひたすら怒りや原始的な食欲を行動原理に迫ってくる、顔があっても顔が見えない所に恐怖を感じさせるもの。前作では主人公らを取り囲む恐怖の壁として存在した感染者であったが、本作においてはその役割は非常に小さなものとなっていると言える。あくまで恐怖を選出する上でのエキストラであり、パニックを誘発させる道具でしかない。ロバート・カーライルのパパゾンビにいたっては、まるで明確な意図があるかのように子供らを追い回し、意図と顔を持ってしまったが故に恐怖を半減させることにもなってしまっている。

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本作が前作同様感染者の恐怖をメインに据えているのであれば、ただのビックラカシでしかない本作の感染者の描き方は問題であるのだが、本作での最大の恐怖の対象は、感染者ではない。避難地域で突如発生し爆発的に広がる感染を食い止めたいものの、逃げ惑う群衆の中から感染者と非感染者を見分けられず地上にいるもの全てを掃射し、街中を劫火で焼き尽くし、とどめに生物兵器を放つ地獄絵図の様相を作り上げる軍隊が、本作最大の恐怖である。理不尽なだけであるのならばそこまで感じることのない恐怖であるが、全く人道に反しているがあまりに合理的なその所業に理解が出来てしまうからこそ、底知れない恐怖を感じてしまう。無機質で感情がなく、ただひたすら合理的な人間の顔が見えないその恐怖は、『カサンドラ・クロス』や『クレイジーズ』の防毒服の男に感じるものと通じるものがあり、それがパニック映画としての側面と非情さを強く打ち出すこととなっている。
前作ほどではないものの、スタイリッシュに散らした画像処理は鬱陶しく、やや場当たり的な展開がリズムを崩してしまっている感もあるが、先に挙げた避難地域の地獄絵図や、ヘリコプターのプロペラで感染者の集団を切り刻む『ブレインデッド』の芝刈り機ジェノサイドもかくやの素晴らしい描写も多く、21世紀型ゾンビ映画の傑作の一つとして満足度の高い作品となっている。

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仲間入りした方が楽なような気にすら

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2008年01月25日

スーパーバッド 童貞ウォーズ (Superbad)

監督 グレッグ・モットーラ 主演 ジョナ・ヒル
2007年 アメリカ映画 113分 コメディ 採点★★★★

カブトムシを追っかけてるより女の子と遊んでいる方が楽しいと感じるようになってからは、それこそ覚えたてのサルの如く女の子ばっかり追っかけてた私。身体中の血液が下半身に集中したかのように見境なく遊び歩いてはいたものの、その間男友達とは著しく疎遠に。それはそれで、なんとも寂しいもんなんですよねぇ。

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【ストーリー】
セスとエヴァンとフォーゲルは、なにもかにもが冴えない童貞三人組。高校生活を童貞のまま終えてしまうことに焦りを感じる彼らだったが、ある日ローゲンが偽のIDを獲得。「これさえあれば酒が買える!」「酒さえあればパーティーでモテモテ!」「さらば童貞!」と、喜び勇んで酒店へと繰り出すのだったが…。

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40歳の童貞男』のジャド・アパトー製作による、タイトルとは裏腹に超イケテない少年達の童貞喪失奮闘記。
エロネタ、チンコネタ、ゲロネタと、男の子たちにとっては拍手喝采スタンディングオベーション級ながらも、良識ある大人の方々には毛嫌いされるシモネタのオンパレードである本作。そんなシモネタの数々を「グヘヘ、ゲヘヘ」と楽しむのも良いが、本作はそれだけの作品ではない。主人公らの名前からも分かるように、脚本を担当したセス・ローゲンとエヴァン・ゴールドバーグの自伝的意味合いを持つ本作は、言ってる事だけは立派だが全く冴えない主人公らを、非常に暖かみのある視線で見つめている。時に懐かしみ、時に恥ずかしがり、そして時に混乱と狂乱に誘う警察官として直接語りかけながら、男の子として最後で最良の時を過ごす主人公らを見つめる。童貞喪失までのドタバタを描いているが、それは同時に高校卒業することでそれぞれの道を歩み始める主人公らの少年時代の終わりも意味しており、その切なさが作品を徐々に包み込み、いくら振り返ってもどんどん遠のいていってしまう少年時代と、それぞれの道を歩み始める彼らの“男の子たちだけの時代”の終焉を象徴するエンディングでは、思わず目頭が熱くなってしまったもので。

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若干ベックを髣髴させる風貌の、何かと形式に拘りがちなエヴァン役のマイケル・セラ、本作を一人で象徴するかのような見事な風貌とキャラクターを持つフォーゲル役のクリストファー・ミンツ=プラッセ、『40歳の童貞男』のセス・ローガンに『トラブル・マリッジ カレと私とデュプリーの場合』のビル・ヘイダーと、大物こそはいないが作品と見事に合致したキャスティングが光る本作。そんな彼らも素晴らしいが、やはり本作は「エロ画像に芸術性なんて求めるんじゃない!」「下の毛サラダにドレッシングをかけて!」「よく“酔った勢いで失敗しちゃったわぁ”って言うじゃないか。俺たちがその“失敗”になるんだ!」と数々の名言を残すセス役のジョナ・ヒルに尽きる。チビでデブでチリチリ頭のいじめられっ子ながらも、口だけは猛烈に達者で基本的には何事にもめげず友達想いのセスは、『初体験/リッジモント・ハイ』のスピコーリ並に長きに渡って愛されるキャラクターになるんじゃないだろうか?まぁ、多分、もしかしたら。
それにしても、まぁ恒例の愚痴ですが、本国で大ヒットした本作でさえ日本では劇場未公開。メジャーな名前が出ていないのも痛いのであろうが、そんなことを言ったらそれこそブルース・ウィリス級のスターが出ていない限りコメディが公開されるってこともなさそうだし、そんなビッグバジェットのコメディが面白いかどうかも疑問。ちょっとでもシモネタに走れば「まぁ、お下劣ザマスわぁ!」と毛嫌いされ、「あなたはどんなお上品な生き方をされておられるんですか?」と、これまた疑問が残る。泣かせの演出さえされていれば、どんなに下品な物語であっても観客が大挙し、「いっせーのせっ!」で劇場で皆で涙を流す反面、コメディは家で一人ヒッソリと笑わなければならないってのも、考えるまででもなくおかしな話なのでは。まぁ、いい加減日本におけるコメディの冷遇ぶりに慣れないと、良いコメディに出会う度に楽しさ以上に怒りがフツフツと湧いてしまうので、もういいです。部屋で一人で笑います。それがこの国でのコメディの正しい楽しみ方だってことにします。

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いつも心に童貞を

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posted by たお at 16:52| Comment(4) | TrackBack(6) | ★★★★(満足!) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月18日

ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習 (Borat: Cultural Learnings of America for Make Benefit Glorious Nation of Kazakhstan)

監督 ラリー・チャールズ 主演 サシャ・バロン・コーエン
2006年 アメリカ映画 84分 コメディ 採点★★★★

休みともなると日長一日ポケーっとテレビばかり見てたりするんですが、ワイドショーなんかに出てくる良識人やらコメンテーターとやらって、ホントすごいですねぇ。どんな問題に関しても、答える。その問題に対して踏み込んだこともないのに、なんとなく答えっぽいのをサラリと答える。目の前に落ちているゴミを拾うわけでもなく、延々とそのゴミを捨てた人に対しての苦言だけを言い続ける。いやぁ、ホントすごい。

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【ストーリー】
カザフスタンから文化学習のためにアメリカへとやって来た、TVレポーターのボラット。ところが、ホテルで見ていたTV番組“ベイウォッチ”のパメラ・アンダーソンに一目惚れ。パメラと結婚しようと、仕事そっちのけでニューヨークからロサンゼルスへ道中人々を不快にさせながら旅するボラットであった。

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イギリスで放映されている自身のTV番組内のキャラクターに扮し、そんな番組なんて見た事もないアメリカの一般人をドッキリ形式で巻き込む姿を交えた、ドキュメンタリー風コメディ。
何も知らない外国人に成りすまし、所謂良識人らの本音や本性を曝け出そうとする本作。カルト教団が狂乱しているようにしか見えない“信心深い良きアメリカ人”の姿や、“911=イラク、アラブ人っぽい人=テロリスト”と未だ鵜呑みにしている“愛国心溢れる良きアメリカ人”らの得も知れぬ奇妙さを笑い飛ばし、澄まし面した良識人を的確に不快にする下品なギャグの数々は痛快。彼らの本性や問題を白日の下に曝け出す以前に茶化して終わってしまっている感も強いのだが、ボラットの人となりをそのまま受け入れようとしないどころか、名前すらまともに覚えようとせずに自分達の型にはめようとする良識人に対し、ボラットときちんと交流するのが街にたむろする黒人らだったり、泥酔した大学生だったり、いささか薹が立った売春婦だったりする対比がテーマをさり気なく明確にする構成が上手い。隅々に行き渡った小ネタの数々にも、最後まで貫く下品さにも、満足度が高い。
それにしても、以前エディ・マーフィもネタにしていたのだが、アメリカ人の子供ってアイスクリーム屋の音楽が聞こえると、ホント狂ったようにどこまでも追いかけてくるんですねぇ。

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本作での徹底したユダヤ人差別ネタで、無知が生む差別の滑稽さ、愚かさを表現したサシャ・バロン・コーエン。もちろん、彼自身がユダヤ人。『アリ・G』や『タラデガ・ナイト オーバルの狼』でも見せていた、キャラ芸人としての奥の深さや爆発力の高い笑いを生み出すセンスを存分に本作でも発揮。マイク・マイヤーズしかり、良いキャラクターに出合えれば存分に魅力を発揮できる反面、出合えないと途端に元気のなくなるキャラ芸人ではあるが、本作での視点の的確さを見る限り当分の間は活躍を期待できるのではと。
ところで、当初は『スタスキー&ハッチ』『ロード・トリップ』のトッド・フィリップスが監督を務めていた本作。“方向性の違い”という決まり文句が降板理由とされてますが、なんですかねぇ?ロード・トリップする映画だからうってつけだと思われたんですかねぇ?

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ユーモアの授業ほど受けたくないのはない

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posted by たお at 01:42| Comment(8) | TrackBack(44) | ★★★★(満足!) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする