2013年 アメリカ/カナダ映画 120分 ファンタジー 採点★★★★
最近はようやっと以前ほどは目や耳にしなくなりましたけど、震災直後はやたら“絆”って文字が躍っておりましたよねぇ。あと“共感”ってのと。薄々実感している脆さや薄さに対する不安の裏返しなのかもしれませんけど、乱用される様がなんかとっても嫌だったんですよねぇ。なんと言うか、「同じになれ!」と強要されてる感じがして。
【ストーリー】
最愛の恋人メリンが何者かによって惨殺されたイグは、容疑者として住民からのバッシングとマスコミによる執拗な追及に晒されていた。そんなある朝、目が覚めるとイグの頭部から二つの角が生えてくる。しかも、その角が生えてからというもの、誰もがイグに対し秘めていた秘密を打ち明けるようになってしまう。その能力を用い、イグは真犯人捜しを開始するのだが…。
スティーヴン・キングの息子ジョー・ヒルによる原作“ホーンズ 角”を、『ピラニア3D』のアレクサンドル・アジャが映画化したダークファンタジー・スリラー。
打ち明けられる秘密が大体エロ方面というダークコメディの要素を持ちながらも、不変と思われた家族愛や友情、小さな町で辛うじて保たれていた調和などが一つの殺人事件によって脆くも崩れ去り、その全てを失ってしまう恐怖と言うものを意外ときちんと描かれていた本作。軽々しく口にされる愛や友情をシニカルに見つめ、殺された天使のような恋人が静かな水面に投げ入れられた小石のような波紋を呼ぶ存在のように描きながらも、最後にはしっかりと真の愛を描いて救いあげる純粋さを兼ね備えていた物語も魅力。メリンの最後の台詞も、なかなかぐっとくる。如何せん原作を読んでいないので本作を観た限りで感じたことではありますが、子供時代を盛り込む構成や、愛する者を失う恐怖を描く題材はパパ・キングの遺伝子を否応がなしに感じさせるが、ナイーヴさを残す締めくくりは現代っ子らしいといったところか。
ホラー作家としてのアジャを期待すると少々肩透かしを食う可能性もあるが、ベタと誇張の使い方が案外上手い彼らしさを楽しめた一本。また、主人公が大のボウイファンという設定もさることながら、オープニングで使われるボウイの“ヒーローズ”が叶わぬ夢を語り合う恋人同士ってのを強調する非常に正しい使い方だったってのもありましたので、お馴染みのボウイ・アドバンテージで★ひとつ無条件で追加。
結果的に全員に嫌われてたことが判明する切ないにも程がある主人公イグに扮したのは、たぶん一般的にはハリポと同一化されているのであろうダニエル・ラドクリフ。生憎私自身はメガネの魔法使いを一本も観たことがないので、小さな町で暮らすには少々居心地の悪そうなちょいゴス寄りの青年としてぴったりの風貌だったなぁと。なんとか・カルキンにジャレット・レトをブレンドしたような感じで。
一方、恋人のメリンに扮したのは『ダークナイト ライジング』のジュノー・テンプル。ピストルズを語る上では外すことの出来ないお父様には、青春時代に大層お世話になりましたよ。また、『インターンシップ』のマックス・ミンゲラや、汚れれば汚れるほど色気の出てくる『THE GREY 凍える太陽』のジョー・アンダーソンらも出演。考えてみたらメインの4人全員がイギリス人。
その他、『48時間』のジェームズ・レマーや、『トワイライトゾーン/超次元の体験』のキャスリーン・クインラン、その優しく悲しげな顔がピッタリだった『ドライブ・アングリー3D』のデヴィッド・モースに、何でもいいから有名になりたい田舎者って役柄がこれまた似合いすぎていた『ビッグムービー』のヘザー・グレアムといった、良い趣味したキャスティングも魅力だった一本で。
だから「腹を割って話そう!」ってのが嫌い
↓↓お帰りの際にでもぽちりと↓↓
ただ、指を失うくだりは必要があったのかはナゾですが…
たおさんのいわれるとおり、皆に嫌われてた自分というものの存在も、愛する人メリンの天使のような愛され具合と比較するとびっくりするくらいなんですが、
(特に両親からの嫌悪いっぱいの告白にびっくり)
ラストで魂が彼らを再び結びつけたのはやはり運命の相手だったのかなと乙女チックな事を思ったりも。
アジャ監督の、もっと面白おかしくできるだろうにきちんと路線を描いて最後に(蛇とかフォークとかで)我を出すところはなかなか好きです
恋人に対する愛情はもちろん、親友との友情、家族の愛情が、“あえて必要以上に本音を口にしない”ことでバランスよく成り立っている物であることを、こうもまざまざ見せ付けられてしまうところに、恐怖を覚えてしまいました。
音楽の使い方が上手い作品を見ると、もっと英語の歌詞やタイトルを理解できれば・・と悔しく思います。
アジャのジャンル映画全般に対する造詣の深さと器用さが良く出てた作品でしたよねぇ。で、自分ならではの味も出す。
原作未読なんで分からないんですけど、恐怖の対象を未知なるものじゃなく、身近な“人”に設定してる所なんて、非常に父親譲りだなぁと思ったりも。
コミュニティの脆さってのを見事に見抜いてた作品でしたねぇ。
もし原作で楽曲指定されてたら、その使い方の上手さはパパ譲りかなぁと。
歌詞に気が付いたのはまぁ、たまたまボウイだったからで^^;