2014年 アメリカ映画 129分 ドラマ 採点★★★★
「ないものはしょうがない!」って考える方なので、“ないものねだり”って性質ではないと自負している私。でも、女房なんかに言わせると「あるものねだりがすごい」とのこと。そこそこ色んなことが出来るし、そこそこ色んなことに詳しく、その他色々そこそこなものを備えてるんだから贅沢にも程があるって言うんですが、私自身はその“そこそこ”ってのが耐え難い。全部が中途半端でどれも胸を張って自慢できるものがないんですよねぇ。他はなーんにもいらないから、ひとつだけずば抜けてるものが欲しいと常々思ってるんですけど、やっぱりそれは贅沢ってものなんでしょうかね。
【ストーリー】
ロスオリンピックで金メダルを獲得するも、マイナー競技ゆえに苦しい生活を強いられたままのマーク・シュルツ。同じく金メダリストで人望も厚く家庭にも恵まれた兄デイヴから紹介される講演会などで食いつないでいるマークのもとに、アメリカ有数の大富豪ジョン・デュポンから彼が設立したレスリングチームへの参加を好条件でオファーされる。恵まれた環境とジョンとの良好な環境の中でトレーニングに励むマークであったが、デイヴのチーム参加を境に大きな歪が生まれ始め…。
“オリンピックの金メダリストを大富豪が殺害する”という実際にあった衝撃的な事件をベースにした、『カポーティ』『マネーボール』のベネット・ミラーによる人間ドラマ。
類稀なる才能と名声を持ちながらもそれが実生活に反映されない不満と、偉大な兄の影に常に隠れてしまう劣等感に苛まれるマーク。有り余る富とそれが生み出す名声を持つも、逃れられない母親の影響力と全てお膳立てされた人生を送るが故に何事にも達成感を感じることがないジョン。その心に大きな穴が開いた二人が共鳴し合うように出会い“実感”を求めるも、手に入るのはデヴィッド・ボウイが歌い上げる“フェイム”同様、空虚な名声のみ。
そこに家族、名誉、人望、手にしたもの全てに実感と喜びを感じているデイヴが参入することにより生み出される歪と悲劇。その様を丹念に丹念に撮り上げた人間ドラマとしてのみならず、一握りの人間が富のほとんどを握るアメリカの現状に対してもしっかりと重きを置いて描ききった、ベネット・ミラーらしさが良く出た秀作。
確かに本作では“なぜ”は明確に語られてはいない。劇中被害者に落ち度があるような描写は皆無。実際の事件や裁判の経緯の中でも、明確な動機というのは明らかになっている様子はない。強迫観念症的な統合失調症や心神喪失が裁判の論点となる中、陪審は“有罪であるが精神疾患を患っている”という評決を下しているのも、劇中で“なぜ”が明確になっていない要因だと思われるが、そこに至る様はつぶさに描かれているので、観客に“思い当たる節”ってのを十分に与えている。その辺も含め、久しぶりに観た者同士存分に語り合いたいと思える作品であり、満足度の高かった作品であったなぁと。
ジョン・デュポンに扮したのは、『ラブ・アゲイン』『デート&ナイト』のスティーヴ・カレル。昨年亡くなったロビン・ウィリアムズやジム・キャリーなんかもそうなのだが、心の闇をけたたましさで隠すかのようなコメディアンが黙りこくると怖い。そこに彼の持ち味である細やかな動作による豊かな表現力と、本人に似せた特異なメイクの効果もあり怖さ倍増。
美味しい物を食べてもその味が分からないかのような感情と感覚の大切な部分がゴッソリと抜け落ち、また他者との距離感もおかしいので近づいてくると抱きしめてくるのか殺されるのかも分からない、そんなデュポンのキャラクターと性質を見事なまでに表現。彼の役者としての幅の広さと深さをまざまざと見せつけた本作ではありますが、これによって“名優スティーヴ・カレル”としての仕事が増え過ぎられるとそれはそれで寂しいなぁと複雑な心境も。
一方のマーク・シュルツに扮するのが、『21ジャンプストリート』『ディス・イズ・ジ・エンド 俺たちハリウッドスターの最凶最期の日』のチャニング・テイタム。元々のジョックス顔に、役作りのトレーニングで会得したレスラーっぽい身のこなしや歩き方でキャラクターをその手中に。不満はあるがそれが具体的に何なのか考えてもよく分からず、分からないモヤモヤは身体をぶつけ合う内にウヤムヤになる、言葉は悪いがそんなスポーツ馬鹿を熱演。
幼少期に得られなかった父性や心に穴を持つ者同士の強い繋がりをデュポンに求めるも、傍から見れば貴族とたまたまその目に留まった奴隷上がりのグラディエーターにしか見えないってのも、その役作りゆえかと。
また、今ある幸せに満足しながらも、別に不満がないわけではなく、その不満を困った笑顔で受け流す“大人の対応”ことでやり過ごす主要人物中唯一の常識人であるデイヴ・シュルツに扮した、『アベンジャーズ』『シャッター アイランド』のマーク・ラファロの好演も忘れ難し。
あの眼鏡に優しげかつ哀しげな笑顔、そしてレスリングのユニフォーム姿が相まって仲本工事が頭の中に居ついてしまうことこの上なかったが、好演には変わりなし。
その他、『オリエント急行殺人事件』のヴァネッサ・レッドグレーヴや、『レイヤー・ケーキ』のシエナ・ミラー、恥ずかしながら鑑賞中はあれが彼だとは気付かなかった『すてきな片想い』のアンソニー・マイケル・ホールなど、良い役者の良い仕事っぷりが印象に強く残った一本で。
「何が不満なんだ?」は自分への言葉とも
↓↓お帰りの際にでもぽちりと↓↓
スティーヴ・カレルが凄かったですね…
あの空虚な台詞にからっぽの虚ろな表情
チャニング、ラファロも負けず劣らず素晴らしい演技を披露してくれていましたが、とかくカレルに尽きます
おっしゃる通りないものはないし、持てないものは持てないのですよね。
ヴァネッサ・レッドグレーヴの存在感も大きかったです。
ホント、カレルの虚ろさに尽きる作品でしたねぇ。
コメディアンが笑わない時の怖さってのを再確認できた一本で。
底の抜けた器のように、飲んでも飲んでも満足いかないカレルの空っぽさたるや。で、それを生み出したレッドグレーヴの存在感。
ただ単に実話をなぞるんじゃなくて、キャストの力で膨らませた作品でしたねぇ。