2011年08月31日

最後の誘惑 (The Last Temptation of Christ)

監督 マーティン・スコセッシ 主演 ウィレム・デフォー
1988年 アメリカ/カナダ映画 163分 ドラマ 採点★★★★

端的に捉えちゃえば、“死”と“地獄”を脅し文句に、社会を形成する上で必要な規律ってのを教え込んでるのが宗教なのかなぁと。権力者が大衆を都合のいいように誘導するツールって側面もありますが、その辺は大手宗教が確立されて以降の話なんで、ここでの話とはちょっと別。十戒なんかが分かり易い例なのかと思うんですが、そうなると人間ってのは相当脅さないと殺すは盗むは嘘つくはと、かなり荒くれな生き物だってことになりますねぇ。まぁ、思い当たる節も多々ありますし、2000年以上経とうがその辺は易々と変わらないもので。

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【ストーリー】
神の声に悩まされ続けていたナザレ地方のイエスは、神の意志を民衆に伝える意思を固め立ち上がる。ローマからの独立を目指す運動家でもあるユダを筆頭に多くの弟子がイエスの下に集まり、彼の影響力は徐々に広がりを見せていた。それを快く思わないローマとユダヤ教の司祭らによって捕えられたイエスは、ゴルゴダの丘で十字架に磔にされてしまう。死を前に心が揺らぎ始めたイエスの前に、天使を名乗る少女が現れ…。

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イエス・キリストの人間としての側面に着目したニコス・カザンザキスの原作『キリスト最後のこころみ』を、『グッドフェローズ』のマーティン・スコセッシが製作中止に追い込まれながらも6年の歳月を掛け完成させた人間ドラマ。カトリックを中心に上映反対運動が起こったのも話題に。
聖書にも記されてあるエピソードを中心に、その合間合間でイエスが人間として思い悩み苦しむ様を大胆に描いた本作。重い使命に尻込みし泣き言を言い、開き直ったかのように半ギレになるその姿は、どんな状況においても物静かで穏やかに対処するイメージがある半面、どこか絵空事のような感じすらあったイエス像に、一気に血肉が付いたような印象も。
“人間の子”として描かれてはいるが、流石は神の子。メジャーどころの奇跡の数々もしっかりとダイナミックに描いている。しかしながら、それらを神々しく描くのではなく、少しばかり距離を置いて、ぽっとでの宗教家が見せる奇跡のような仄かに胡散臭さを感じるよう描いているので、人間を描くテーマからは外れていないのも上手い。それだからこそ、人間として人生を全うするという誘惑に、切実さが生まれたのではと。また、聖母マリアの扱いがビックリするほど地味なのだが、その辺も「人の子の母親なんだから、普通のオバサンでしょ?」的な、テーマから全くブレない姿勢も潔い。
現地の音楽を大胆に取り入れたピーター・ガブリエルによる楽曲も見事な出来栄え。彼の歌声は僅かにしか流れないが、その深く力強い歌声は相変わらず素晴らしい。

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“人間キリスト”の姿以上に本作が力を入れて描いていたのは、イエスとユダの関係。概ね裏切り者で、その罰が当って酷い死に方をする悪役として認識されているユダ。しかしながら、聖書を何度読んでもその単純な悪人像に違和感を感じてしまうのも事実。裏切られるのを知っておきながら傍に置いていたって疑問以上に、死を以て使命を成就するというシナリオがある以上、裏切り者を作る必要があったんじゃないのかなぁって感じの。
本作におけるユダ像は、個人的にはそんな違和感も最も解消してくれる解釈を加えられている。イエスを自らの活動の象徴に祭り上げたい思惑を持ちながらも、やがてはイエス最大の理解者となり、イエス自身も最も信頼を置く、弟子というよりは親友としてのユダ。腕っ節だけではなく心も強く、ザックリと言えばテロリストなのだが、信念に生きる男でもあるユダ。性格もなにもかにもが正反対だが、揺るぎない強い信頼と友情で結ばれているイエスとユダ。その信頼があるからこそイエスはユダに裏切りを命じ、ユダも涙ながらにその命を受け入れたのでは。例えとしてはズレてしまうが、最も信頼できる人間に介錯人をお願いするかのように。

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本作でイエス・キリストに扮したのは、『デイブレイカー』『アニマル・ファクトリー』のウィレム・デフォー。既存のキリスト像からは最も遠い位置にいる役者の一人のような気もするが、その似合わなさが従来のイメージとは違うキリストを演じる上で好都合だったのではと。なんかこう、引退したロックスターが昔の栄光を忘れられないみたいに、人間としての人生を送りながらも上の空になっているイエスに見え隠れする俗っぽい感じとか。
一方のユダに扮したのは、『コップランド』『フロム・ダスク・ティル・ドーン』のハーヴェイ・カイテル。これまたユダに付きものである姑息さの欠片も感じさせないキャスティングだが、荒くれ者で難しいことを考えるのは滅法苦手だが、友の為ならその身を平気で投げだせる熱い男を好演。
また、“チーム・ジーザス”の面々には『ブルー・イン・ザ・フェイス』のヴィクター・アルゴや、ジョン・ルーリー、ミュージシャンの方のマイケル・ビーンなどの一風変わった顔ぶれが。その他、『荒野のストレンジャー』のヴァーナ・ブルーム、『11:14』のバーバラ・ハーシー、『宇宙人の解剖』のハリー・ディーン・スタントン、スター・ウォーズシリーズ最高傑作である『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』を手掛けたアーヴィン・カーシュナーなど、非俳優系を含めたこれまた異色の顔ぶれ。そんな中でも格段の存在感を示していたのが、もうサブタレではお馴染『プレステージ』のデヴィッド・ボウイ。強圧的な人物ながらも、上からも下からも突き上げられ困り果てるピラト総督という重要な役柄ながらも、まるで撮影現場に迷い込んだイギリス人がカメラの前でフワフワしているだけのような、なんとも独特の存在感を発揮。この短いシーンだけは、もうまるで別の映画。いえいえ、貶してるんじゃないですよ。絶賛してるんですよ。ボウイはこうじゃなきゃと。

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安定感と高揚感の板挟み

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posted by たお at 06:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 前にも観たアレ■さ行■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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