2006年06月20日

プライベート・ライアン (Saving Private Ryan)

監督 スティーヴン・スピルバーグ 主演 トム・ハンクス
1998年 アメリカ映画 170分 戦争 採点★★★★

歳の離れた従兄弟の影響で、プラモデル作りに熱中していた小学校時代。もっぱらドイツ軍の戦車やら野営セットやらをせっせと。丁寧に塗装したり、完成品をポカーンと眺めたりすることなど出来ない落ち着きの全くない子供だったので、ある程度数が貯まったら近所の空地へ。両手いっぱいの爆竹と共に。乾いた爆音と共に飛び散る戦車や兵隊の模型の向こう側に、行った事もない戦場を垣間見ていた子供時代。うーん、ここだけ読むと、えらく寂しい子供のようだが。

オマハビーチでの激戦を生き延びたミラー大尉に、新たな指令が下った。4人の子供を戦地に送り出したライアン家。しかし、3人が戦死。最後の子供までも母親から奪ってはならぬと、行方知らずになっているジェームズ・ライアン二等兵の救出を命じた。この理不尽とも思える命令を遂行する為、ミラー大尉は7人の部下と共に戦地へ向かう。

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スピルバーグは何を伝えたいのか?
映画表現の常識を一変させ、「足りないのは臭いだけ」とまで言わしめた冒頭の戦闘シーン。「戦争は悲惨なんだよ」「戦争反対!」と伝えたかったのか?それとも、その判りきった建前を武器に、壮大な戦争ゴッコを再現したかったのであろうか?私には、後者に思えてならない。
画面上で常に誰かが死んでいる残酷なシークエンスは、観客を戦場のど真ん中に叩き落す目的のほかに、スピルバーグ自身がその場を再現したいという願望が見え隠れしている。彼の作品の特徴でもある“残虐なユーモア”が、いつも以上に散りばめられているからだ。手足のない俳優に敢えて義肢を着けさせ、わざわざ火薬を装着して吹き飛ばす極悪ぶり、実話がベースとはいえわざわざ通信兵に2度振り向かせ、3度目に顔が吹き飛んでいるオチをつける。応急処置が成功した途端に射殺される負傷兵、ヘルメットの有難味に感謝した途端に頭を吹き飛ばされる描写に到っては、明らかに“笑い”を意識している。これらの笑っていいのかダメなのかギリギリのユーモアが、死に対する感覚を麻痺させていく。やはりこの注目が集中する冒頭のシークエンスには、キレイゴトのメッセージや説教じみた倫理観は込められていない。観客を死に対する感覚を麻痺させ、一兵士として次のステージへと向かわせる通過儀礼なのである。

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あまりに強烈な序盤の戦闘シーンのため、取って付けたような印象が強い中盤の物語。しまいには「最初と最後の戦闘シーン以外はいらね」とまで言われることも。しかし、この映画にとって重要なテーマはほとんど全て中盤で提示される。しかし、明確な答えは提示されない。問いかけられるのだ。「命の重さには違いがあるのか?」と。4人の子供を失った母親の悲しみは、一人息子を失った母親よりも大きいのか?命の天秤が多く描かれるこの作品には、答えは提示されない。答えはないのだ。登場人物同様、一人一人が理不尽さを噛み締めながら自分を納得させるしかない。
“納得しがたい命令で激戦区を少人数で横断”といえば『地獄の黙示録』を思い出す。コントロールの利かなくなった自軍の将校を暗殺するという『地獄の黙示録』と、子供が全員死んじゃ可哀想だから一人助けに行く本作では命令の意味合いが正反対のように思えるが、戦地に送り込んでおきながら思い通りにいかなくなったから何とかしようとする矛盾と理不尽さは同じ。旅の途中で様々な試練とエキセントリックな人々に出会う様子も、“オデュッセイア”の影響が垣間見える『地獄の黙示録』と似ているといえる。

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『シンドラーのリスト』と異なり、本作ではユダヤ人スピルバーグとしての視点で描かれていない。ナチスとドイツ兵の区別が明確であるのと、一兵士の視点で描かれるため“善と悪の戦い”といった勝手な言い分や虚栄が省かれている。連合軍の行動にドイツ軍が恐怖する描写の方が多いとも言える。途中仲間を一人失ったミラー一派が、生き残ったドイツ兵を処刑しようとするシーンに戦争の矛盾と理不尽さがよく描かれている。ドイツ側は全滅、ミラー側は死者一名。それでも命の天秤はつり合わないのだ。
唯一ユダヤ人であるメリッシュが、ナチス青年兵より奪ったナイフで殺されるシーンは映画史上にも残るであろう後味の悪いシーンだ。もしかしたらアパムが助けに来るかもしれないという淡い期待を観客に抱かせながら、イラだたせるだけで結局は全く役に立たず、非常にゆっくりとナイフがメリッシュの心臓を貫くシーンはとてもスピルバーグらしいいやらしさだ。今度アパムに会ったら殴ってやろうと決心した観客も多かったことであろう。

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当初は冷静沈着な兵士役のトム・ハンクスに違和感が大きかったものの、虫も殺さぬ田舎教師でさえも、戦場ではその風貌さえも大きく変えられてしまうという意味では納得のキャスティング。プライベートでは何かとお騒がせのトム・サイズモアも、この作品以降はハリウッド一の軍曹俳優として出世。“心は優しい力持ち”を体現したヴィン・ディーゼルや、まだまだイイコちゃんのジミーちゃんなど若手俳優陣も魅力的。
観る度に微妙に印象の変わる作品ではあるが、傑作であることには違いない。

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とことん“ドラマチックな展開”を拒否

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posted by たお at 04:20 | Comment(4) | TrackBack(13) | 前にも観たアレ■は行■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いやいや、TBありがとうございます。これは本当に好きです、私。私は特に強くミラー大尉に感情移入。
Posted by チュチュ姫 at 2006年06月22日 02:10
チュチュ姫様こんばんは!
コメント&TBありがとうございます!!
キレイゴトのように見せかけて、戦争の理不尽さを鋭く突いたいい作品ですよね!!
Posted by たお at 2006年06月22日 03:22
TBありがとうございます。
戦闘シーンはすごかったですね、僕は単純に戦争の悲惨さとしてとらえました。
Posted by maimai at 2007年08月23日 22:18
maimai様こんばんは!
スピルバーグのマニアぶりが随所にうかがえる戦闘シーン。これ以降、この影響を受けていない戦闘シーンを観た記憶がないですねぇ。
Posted by たお at 2007年08月24日 22:11
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