ところで、最近の映画絡みの話題で気になるのが、“字幕問題”と言われているもの。「訳が変だ」「誤訳だ」「オレがやった方がマシだ」などと騒がれているやつですね。ま、基本的に一人の訳者が槍玉にあげられている構図なんですが。ここではとりあえずその訳者を“ナッチ”と呼びます。先日、彼女が字幕を担当した作品を観たのですが、劇中話される映画名『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』を『死霊のはらわた』と訳して、また騒がれてたようで。別に悪い意訳だとは思えないんですけどね。
映画ファンなりホラーファンなら、その長ったらしいタイトルをひと目でゾンビ映画の傑作と認識できるでしょうが、映画館に来るのはそういう人だけとは限らない。逆にそういう人たちしか来なければ、ビジネスとして成り立たなくもなっちゃうし。映画をあまり観ない人たちからすれば、字幕として目に入る『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』の文字は、ゾンビ映画の傑作はおろか、映画のタイトルとしてすら認識されない可能性がある。そうなると、“死霊”ときて“はらわた”でしめる『死霊のはらわた』は、パッと見でも「なんか怖そうなの」と認識されるのではないだろうか?ま、そのセリフが出るシーン自体、さして重要なシーンでもないんですけどね。
大袈裟な話になってしまうが、この字幕問題は映画産業自体を揺るがす可能性がある。レンタルの稼動状況からも、字幕版は人気がないのがわかる。誰もが英語が堪能というわけではない。字幕を“読む”という作業は、映画を楽しむ上で負担となるのも事実である。しかし、この字幕問題で字幕が“より直訳に”“(ニュアンスを正確に伝える為)情報量を多く”に進んでしまうと、字幕を読む負担がさらに増え、映画の面白味が減り、それが客足の減少に繋がってしまう危険性をはらんでいると思うのだ。そうなれば公開される本数は減り、悲しむのは私たち映画ファンということになってしまう。
派手な誤訳、おかしな意訳はもちろん改善されなければならない。ただ、数に物言わせてギャーギャー騒ぐのは、どうも逆効果にしか思えない。ナッチのみならず、他の訳者も萎縮してしまい、豊かな表現の足かせになってしまうのではないだろうか?
けなすのは誰にでも出来る。であれば、褒めてみるのはどうだろう?けなす箇所を探すのと同じ集中力で、褒める箇所を探してみるのだ。で、よい箇所をクローズアップすることで、他の訳者も追従しやすくなるのではないだろうか?
今日は珍しく堅苦しい内容になっちゃいましたが、ちょっと気になってたので。夜中に書いた手紙のように、後で読み直して恥ずかしくなっちゃって消しちゃうかも知れませんが。
↓↓ぽちりとお願いします↓↓
人気blogランキングへ
タグ:雑記
字幕問題も悪口ばかり言いたくなる2ちゃん気質的なものを感じて僕もうんざりしていました。「いい所を探す」当たり前のようなことですが、出来ない人の方が多いのかもしれません。この文章ぜひ、消さずにとっておいてくださいね(笑)
日本人の映画を見るレベルが落ちてきているのかもしれないと思う今日この頃。毎日の更新は大変かもしれませんが、これからもたくさん紹介してください。
コメントありがとうございます!!
個人の私的感想を書いているだけのブログですが、公開しちゃっている以上、“見られている”を意識するように気をつけています。ま、それにしてはダラダラした文章なんですが^^;文章力の限界ということでご勘弁を。
私も言葉が悪いのですが、その言葉を攻撃に使うのはどうも苦手で。この問題も、ただ数にモノを言わせてやんややんやと騒いでいるだけで、改善しようとも見えず、ただ底意地の悪い悦楽にしか感じられなかったので、ついこの場で書いてしまった次第なんですよ。
非常に的外れな事ばかり書いているブログですが、このようなお言葉をもらえるとやっぱり嬉しいものですね♪更新に特にルールはなく、“観たら書く”ペースなので、不定期になったりもしますが、これからもよろしくお願いします。
コメント、本当にありがとうございました!!
PS.ジョン・キューザックの映画書いていないので、近々♪
現状については過渡期ではないのかなぁ… っと私、思うんですよ。オリジナル版をその国から輸入出来て比較できる現在なのに、いまだ日本映画界は洋画公開の際にイジるのが当たり前、どれだけ本編と違う内容のような予告宣伝をしようが、勝手にカットしまくったり音楽を変更したり、そして低いレベルの字幕をつけても、それはそれで日本式って横柄横暴な映画会社も少なくない情況に対する方法として、行き過ぎは問題ではありますがこういう風潮になってきたからこそ改善、クオリティアップされた部分もあるんじゃぁないかと。
だからこそ、これからは「この翻訳は素敵だったよ!」「いい字幕だったよ!」って言う事と、誤訳への対応って両面あってこその成熟ではないかなぁ… っと思いますし、それは現在の情況を経験として消費者側、企業側共にいずれなされてゆくのはないのかなぁ… ってのは自分でも楽観的だとは思いますけどね(苦笑)。でも、『LOTR』の頃よりは確実に情況は変わってきてると思うんですけどね…
いつもどうもです♪
『指輪物語』の改善は、運動の成果なんだろうなと実感はできるんですが、乗っかって闇雲に騒ぐ輩になんというか…不快感が^^;
音楽やシーンの差し替えに関しては、あまりにも噴飯モノなので、一日一回は配給会社の方角に向かい呪うのが当然だと思います。宣伝能力のなさを露見させているだけで。
宣伝の現状については、考えるところがありましていずれ書いてみたいのですが、東宝東和に騙され続けて成長期を迎えた私としては、騙しの宣伝はアリなんですよ。ただ、最近の同じやり口の宣伝が通用する現状に問題があるような気が。
“右向け右”ではなく、好き勝手な事を言って、討論しあうのって健康的なんですよね♪
見てるときに違和感や怒りを感じるとこまで
行かないんですよ。悲しいけど。
それでも家でDVD見るときあえて字幕にしてっていうともう、
家族は「え〜めんどくさいよ字幕読むのって」としょっちゅうケンカです。
でも、好きな俳優の時は本人の声が聞きたいじゃないですか。(それだけかよ)
コメディなんかの吹き替えは最近お笑い芸人が一役買って
こういう台詞にしたらどないってのがあるようですが、
それ以外はまだまだ「は〜?」っていう訳がついてると
あちこちで聞きます。
でも文字数が限られてるのだし、
今度はコピーライターのようなひとと
コラボして訳してみたらいいのにとかおもったりなどして。
翻訳の仕事は最終的に「日本語をどれくらい使いこなせるか」につきるんですよ。
そこに英語→日本語にする時に
そんなニュアンスないよってのが絶対あるので
それでもそれを日本人感覚でわかるようにすること。
大御所の翻訳家になってももうこれは日々
勉強ですね・・とえらそうに書いてすいません。
PS:余談になりますが、その成分解析じゃ
「エイリアン」みたいになっちゃいますよぉ・・・。
こちらでもやってみましたのでまた見てくださいね。
外国映画を字幕で楽しむのは日本ぐらいだと聞いたことがあります。“観る”“聞く”に“読む”が加わるのは、やはり負担なようで。でも、やっぱり好きな俳優は生の声で観たいのも、ファンとしては捨てられない希望ですよねぇ。
ま、吹替えも話題性優先のタレント起用などで、ゲンナリすることも多いですが^^;