エレファント (Elephant)

監督　ガス・ヴァン・サント　主演　ジョン・ロビンソン
2003年　アメリカ映画　81分　ドラマ　採点★★★★

学校は、青春を謳歌する楽園ではない。生存競争に勝ち残る事を義務付けられ、フットボール選手やチアガールなどの“ジョックス”と呼ばれる一部の勝ち組を除いた一般生徒、特にゴスやオタクのレッテルを貼られた生徒は、永遠にも感じられる辛い日々を送ることを強いられる。「たかだか数年の我慢じゃないか」との達観した意見もあるだろうが、よほどの大都会に住んでいるか、金持ちでもない限り、彼らのほとんどは地元で産まれ、育ち、死んでいく。社会の縮図である学校で負け犬のレッテルを貼られた者たちは、そのレッテルを剥がす事の出来ぬまま人生を過ごすこととなる。教師はおろか、親達にも人気の“ジョックス”に苛められる生徒達は、誰の助けも得れぬまま、音楽に、ゲームに、そして暴力へと救いの手をのばす事となる。

1999年4月。コロラド州コロンバイン高校で、《トレンチコート・マフィア》と“恐れられていた”エリックとディランという2人の学生による銃乱射事件が発生する。教師1名を含む計13名が殺害され、重軽傷者は24名にのぼった。2人は殺戮を終え、自分達が警察に包囲されている事を確認すると、静かに図書室へと向かい自らの銃で命を絶った。



日本でも、彼らはトレンチコート・マフィアとして“恐れられていた”と報道されたが、実際のところはジョックスにトレンチコート・マフィアとして“嘲われて”いた。エリックとディランは聡明な生徒であった。聡明過ぎたのかも知れない。人間には、自分と少しでも違う人間を攻撃し、排除する習性がある。彼らはジョックスに目をつけられ、連日いじめを受けることになる。永遠と続く“平凡な日々”に終止符を打つため、彼らは銃を手に取る。誰にとっても、平凡ないつもの日であった。彼ら以外にとっては。

事件のディテールを大幅に排除したため、“ある特殊な事件”の映画化ではなく、誰の身にも起こり得る事柄として映画は展開する。彼らが殺戮に走る動機は明確にされない。興味のある物にだけ焦点が合う、思春期特有の視野の狭さを表現した映像で、生徒達の“平凡な日常”が描かれる。即興演技で若者の等身大の姿を写すが、同一シーンを人称を変えて何度も再現する緻密さも併せ持つ。この映画に“答え”は提示されない。我々自身が考え、話し合い、解決をしなくてはならない問題だから。



「いじめられる側にも問題がある」との意見もある。力こそ全ての無秩序社会に生きているのであれば、それは真理だ。しかし、少なくともまだ僅かにでも秩序のある社会に生きている私達は、その問題の解決について取り組む義務があると考える。
コロンバインの事件で殺された人々を非難することは許される事ではない。しかし、純真無垢のヒーローとして崇めるのにも違和感を感じる。だが、彼らは自らの命と引き換えに、“ヒーロー”の称号を得た。そしてエリックとディランは、“悪魔”の称号と引き換えに、永遠に続く地獄の日々から解放された。



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Comments

ＴＢ、感謝です！

たぶんこの映画は、
論理的な解釈や社会力学的な考察さえも求めていなくって、
非日常的な出来事は、
常態の延長線上に起こる事を判らせたかったのではないか、
と、思いました。
とても密やかでありながら、同時にショッキングな作品ですね。

Posted by カゴメ at 2006年03月23日 14:58

カゴメ様、こんばんは。
コメント＆ＴＢ、ありがとうございます。
おっしゃるとおりだと思います。監督が、ディテールをあそこまで省いたのも、観る者全ての日常とリンクさせたいがためだと思っております。この問題を他人事としてではなく、皆に議論してもらいたい作り手側のメッセージなんでしょうね。
これからも、よろしくお願いいたします。

Posted by たお at 2006年03月23日 18:07