2006年02月01日

ちょっと怖いかもしれない話 その二

私が体験した、『ちょっと不思議な話』の第二弾です。この手の話に対する私のスタンスについては、こちらを参考下さい。


祖父

母が私を身篭った時、母が高齢で、再婚同士であり、尚且つ逆子であることから周囲の誰もが出産に反対したと聞きます。そんな中、母の両親である私の祖父母だけが強く産む事を勧めたそうです。私が子供の頃は、両親が自営業をしていたため私をかまう時間がほとんどなく、祖父母が両親代わりとなって育ててくれてもいました。私が生まれたときの経緯など知らずとも、祖父母の私に対する愛情は強く感じてましたし、私も下手をすれば実の両親以上に祖父母に対し愛情を持っていたような気がします。いくつになってもキザで、人前では“いいお爺さんっぷり”を見せるのに抵抗を感じ、「あら、かわいいお孫さんねぇ。」と声を掛けられては顔を赤らめ無口になってしまう祖父の傍をいつも離れずついて歩く幼少時代を過ごしていました。
そんな祖父も、私が中学に入る頃には身体を壊し、高校に入る頃には殆んど寝たきりとなってしまっておりました。地元から遠く離れた高校に通っていた私は、日々弱っていく祖父を気にしながらも、なかなか会いに行かない日々が続いていたある夜のことです。
その夜、私は夢を見ました。
自分の家から、祖父の家に歩いて向かう夢です。いつもなら20分も歩けば着くはずの家なのに、いくら歩いても近づきすらしません。周りの景色すら変わらず、歩けば歩くほど遠のいていく夢でした。
胸をよぎる嫌な予感にハッと目を覚まし時計を見ると、午前4時。周りからはなんら気配を感じられないので、家族もまだ寝ている時間。学校へ行くまでまだ2時間ほど寝ることが出来るのだが、気分が落ち着かず、眠気もすっかり覚めてしまった私は仕方なく服を着替え、テレビなり本なりを見ようと一階の居間へと降りていきました。居間のドアを開けると、そこにはすっかりと着替えも済ました兄と母が。まだ薄暗い朝の4時とは思えぬ光景に驚いた私でしたが、同時に胸の奥に「覚悟を決めなければ」という思いも生まれました。母も兄も同じ思いだったようで、兄の一言「お前もか?」が全てを語っていました。母は誰かに揺り起こされたような気がして、昨晩の深酒で眠ったままの父を置いて居間に来たそうです。兄は、兄の部屋で寝ていたマルチーズが聞いたこともないような悲痛な悲鳴を上げたので驚いて起きたと言ってました。そして、それぞれが理由を話し終わり一息ついたところに電話が鳴りました。祖父の死を知らせる電話です。

その日集まった親類の中にはやはり似たような経験をしたものがいたようで、それぞれがその話で盛り上がっている中、私は年頃の意地か、ひたすら泣くのを堪えるので必死でした。そこに祖母が一枚の写真を持ってきました。私の幼稚園の運動会の写真です。それは、徒競走に備え集合した私を、遠く観客席から母が写した写真で、肝心の私も虫眼鏡で見ない限り分からないくらいに小さく写っているものでした。「これが、どうしたの?」と聞くと、祖母は「よーく見てごらん。」と、ある一点を指差します。グラウンドを挟んで30人ほどの園児が集まっており、その奥には教職員が、そしてその更に奥、用具倉庫の片隅に見覚えのある服装をした人が。
あれだけ人前で“いい祖父ぶり”を誇示するのを嫌がった祖父が、こっそりと孫の初めての運動会を見に来ていたことをこの写真で知り、私の“泣くまい”というつまらぬ意地はたちまち崩れ、その後の記憶が曖昧になるほど泣き続けていました。


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タグ:雑記
posted by たお at 00:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のあれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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