2014年 アメリカ/ドイツ/イギリス映画 99分 コメディ 採点★★★★
結婚前の女房と旅行中に「日帰り入浴でもすっぺ!」と立ち寄った、岩手県から秋田県へと向かう道中にあったリゾートホテル。見渡す限り何もない高原のてっぺんに突如現れたそこそこ大きな建物という存在感もさることながら、閑散期の昼間ということもあってもぬけの殻の館内に入った時の、まるで別世界に迷い込んでしまったかのような感覚がいまだ強烈な印象を。誰もいないロビーに真っ白のカバーを掛けられた土産物屋、空のお膳が所々で積み重なったくすんだ緑色のカーペットの敷かれた真っ直ぐの廊下を大浴場めざし歩いていると、何処からか微かに聞こえる掃除機の音ともしゃもしゃとした人の声。混雑の気配が微かに残った無人の空間に、「あぁ、とっても『シャイニング』だなぁ…」と思ったもので。あ、風呂は良かったんですけどね。
【ストーリー】
1932年、ヨーロッパのズブロフカ共和国。コンシェルジュのグスタヴの完璧なおもてなしが評判であったグランド・ブダペスト・ホテル。ある日、常連客で大富豪のマダムDが殺害され、遺言により名画“少年と林檎”が贈られることに。しかしグスタヴは殺人の嫌疑が掛けられ投獄され、さらに絵画を取り戻そうとマダムDの息子ドミトリーが刺客を送ってくる。ロビーボーイのゼロの協力で脱獄したグスタヴは、事件解明のため奔走するのだったが…。
シュテファン・ツヴァイクの著作にインスパイアされた、『ライフ・アクアティック』のウェス・アンダーソン製作・脚本・監督によるサスペンスコメディ。
30年代がスタンダード、60年代がシネスコで80年代がビスタ。その時代背景に合わせた画面サイズとは裏腹に、時代が進むごとに輝きを失う色彩。また、サイレント映画に人工着色を施したような美しい映像やアングル、人物配置に動きなどは、トーキーに圧されながらもヨーロッパの片隅で僅かに生き残ったサイレント映画を思わせ、それが前時代の幻想を残すホテルの存在とリンクしているかのよう。ウェス・アンダーソン作品でお馴染みの一点透視も、この背景に抜群にマッチ。
舞台設定と世界観が完璧に作りこまれた箱庭。これまではこの手法やスタイルへの注目が私自身大部分を占めていたのだが、本作はその完璧な箱庭から物語がばんばんはみ出てくる。物語の躍動感が、舞台に全く負けていない。
『007 スカイフォール』のレイフ・ファインズ扮する一見表面的で温かみが感じられないグスタヴと、その背景の重さを感じさせぬ間の抜けた感に、人間の強さが見える新鋭トニー・レヴォロリ扮するゼロとの間に生まれる、師弟であり親友であり親子でもある感情と関係性の膨らみを軸とし、真っ直ぐで可愛らしいロマンスやちょっとしたアドベンチャー、絶妙な間で展開される笑いなど玩具箱のような楽しさを散りばめる一方で、徐々に覆い被さる戦争の暗い影。この多層的で他ではなかなか味わえない映画体験を提供してくれた本作は、これまで観たウェス・アンダーソン作品では一番好きな一本で。
やはり役者としてこの作りこまれた魅力的な舞台に立ちたいのか、常連・新顔含め今回も錚々たる面子が揃った本作。
久しぶりに名優としての姿を見た気もした『スター・トレック/叛乱』のF・マーレイ・エイブラハムや、『ボーン・レガシー』のエドワード・ノートン、分厚いメイクに一瞬マギー・スミスかと思った『コンスタンティン』のティルダ・スウィントン、『アデル/ファラオと復活の秘薬』のマチュー・アマルリック、甘ったれた悪人っぷりがハマってた『ミッドナイト・イン・パリ』のエイドリアン・ブロディに、なんかもうロン・チェイニーばりの存在感で出る場面全てで輝いてた『デイブレイカー』のウィレム・デフォーと、実力派が勢揃い。
その他にも、『シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム』のジュード・ロウや、いちいち筋肉をピクピクさせる『ミート・ザ・ペアレンツ3』のハーヴェイ・カイテル、『ゴーストライター』のトム・ウィルキンソンに、『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』のレア・セドゥといった顔ぶれがガッチリと脇を固める。
もちろん『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』のジェイソン・シュワルツマンや、『ゾンビランド』のビル・マーレイ、相変わらず可愛い『ホール・パス/帰ってきた夢の独身生活<1週間限定>』のオーウェン・ウィルソンといった常連組も登場し喜ばせてくれる本作。
で、サブタレ毎週のお楽しみでもある『わたしは生きていける』のシアーシャ・ローナン。相変わらず“顔にメキシコ状のアザがある”という普通じゃない役柄なんですけど、ピュアなんだけどしたたかで、少女よりはチョイ大人びている、でもやっぱり可愛らしいっていうシアーシャらしさを堪能。囁き声も聞けましたし、もういろいろと満足。
人工着色された思い出
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